日々の泡

2001年10月17日(水) 異界としての湯屋〜「千と千尋の神隠し」

突然ですが
「パラダイス」って聞いたとき、「楽しいところ」と「あの世」「死後の世界」と
どっちを先にイメージしますか?
では「天国」は?「ぱらいそ」は?「極楽」は?「浄土」は?
「学園天国」って、どう見ても「死者の学園祭」とは違う意味だしなあ(笑)とか
「浄土」という表現は「あの世」っぽいけど、
「ねずみの浄土」という昔話(平たく言うと、おむすびころりん)のそれは、
死後の世界ではなくて、ねずみの「楽園」てことだよなあ、とか
無駄なことを考えてしまったのは。
「お風呂屋さん」は両方の意味でのパラダイスだということを思い出したからです。

ひところ「伝統的な銭湯の入り口のエキゾチックな庇屋根は何ゆえ」
といった話題がTVなどでとりあげられまして、
あの、銭湯と霊柩車に共通する「唐破風」というものは、
霊界への門を意味するのだと教わりました。
言われてみれば風呂は楽園であり彼岸である。
他人同士がハダカで平気な特別の世界、この門をくぐったら別世界だよと
ことわりを入れた昔の日本の誰かはなんて賢い人なんでしょう。
キレイになって気分一新うまれ変わる、まさに命の洗濯。
温泉は古今東西、慰安の場で行楽地でレジャーランドで、命の洗濯をする場所。
銭湯もローマの大浴場も社交の場だし、怪しい特殊浴場さえも快楽を求める場である。


というわけで(え?)
「千と千尋の神隠し」を先日ようやっと見てきました。
(余計なことですが私にはどうもこのタイトルがスワリが悪い…
そのままといえばそのままですが、不思議なタイトルだ…主人公の名前が「千鶴」だったら
きっと「千と千鶴の恩返し」になってただろうとか馬鹿なことを思いつつ映画館へ)
お話はシンプルといえばシンプル、盛り沢山といえば盛り沢山。
小さい子にとっては全貌が見えないほど盛り沢山であろうし、
映像的にはそりゃもうテンコ盛りで一回じゃ見切れないし、
「いろんなものを連想し思い出す」ような作品であるのは確かです。


(以下、未見の方には若干ネタバレ注意の感想いや連想)





宮崎アニメって、アニメに興味ないおじさんにも結構人気がある(例:うちの夫)。
おじさんから見て、あの女の子たちの魅力というのは
(ロリコン好みとかいう大雑把な評価は棄ておいて)
こんなのが自分の娘だったら自慢だな、ではないかと思う。美人で賢くて凛々しい。
でも今回は、ヒロインもその両親も、「すてきな人」じゃなくて
そこらにいそうな奴を目指した、その努力のあとが感じられて面白かったです。
千尋は、「おもひでぽろぽろ」の少女時代のタエ子さんなみに
「イケてない」女の子で、さらに今どきの子ならではの希望のない「イケてなさ」があって、
脚はひょろひょろしてエンピツみたいだし顔は地味だしぶんむくれてるし。
スタッフの若い女性によれば「現実の女の子はもっとぶんむくれてる」はずなんだけど…
ま、物語の主人公の「だめな奴」ぶりには限界がありますよね。
現実の私たちから見れば、成長するし進歩するし、そうそう文句は多くないし
基本的にかなり「いい奴」なのが普通です。

自分の年のせいか、脇役の大人キャラに結構注目して楽しみました。
こんな人いるって感じ、同じ人にいろんな面があるって感じ。
千尋の両親って、たぶん娘が生まれる前は
海外旅行でアジア諸国のツウ好みの場所とかにどんどん入ってって、
屋台なんかで地元の人と同じもんばりばり食ってお腹も壊さず、
一歩間違えたら撃たれるようなところも気付かず見物してきたりした(笑)
かなり神経太くて物怖じしない人たちなんじゃないでしょうか。
お母さんが、子供は二の次でダンナと仲良し気分のヒトなのも今っぽい。

湯婆婆の、
「商売熱心で成金趣味で自分の子供はスポイルしている戯画化された女社長」
みたいなところも面白かった。
シックなライフスタイル?を選んでいる双子の姉の銭婆とは、実は表裏一体なのか?
(おばあさんの魔女って、なんかこう二人で一つってイメージが似合いますね)
ぎらぎらした社長タイプの人が、
心の底では浮世を遠ざかったマイペースで清らかな生活が理想なのよ!
来年こそ長期バカンスをとって、電話も時計もない隠れリゾートで命の洗濯だわ!(鼻息)
と考えてるみたいに解釈するとリアルでした(笑)。


舞台美術。
「金」の色がよく出ていてすごい! が第一印象。
異世界の入り口の荒れた建物もいいし、
例のエキゾチックな商店街では実際、めめやの「生」を試してみたくなった(悪趣味)。

湯屋のデザインは目黒雅叙園に取材したというけど、
なるほど! あそこもイっちゃってるパラダイスだ。
私は直接見たことがなくて非常に悔しいんだけど、結婚式などで行った人の証言によれば
「螺鈿の棺桶に入ったような」気分になれるエレベーター
(それで昇降するんだから、まさに彼岸に行く心地…)があるそうで。

「きたない」描写が実に豪華絢爛デラックスで、爽快なシーンとの対比がいい。
河の神様が風呂に入るくだりは汚れたものが癒されるお風呂本来の幸せ。
雅叙園的豪華セットの中でカオナシが暴れまくったあとの汚さは
(この荒れ果てた広間の光景は激しく私のツボですが)
心が満たされない侘しさ。こういうわかりやすい対比もよかったです。


キャラクター。きりがないので少しだけ。

「オシラサマ」が可愛いと思ったら、これってトトロに似てますね。
エレベーターの中で竦んでる千とオシラサマの2shotは、
バス停のサツキとトトロを思い出させます。

リンの声が好きでした。ちょっと訛ったかんじで、
「あぁ?」とか言うときの…本当に生きてる人みたいで
異界の中で会った数少ない生身の「人間」らしい気がした。

蜘蛛爺と彼のボイラー室の忙しい雰囲気は宮崎監督ソノモノらしいですが
(ならススワタリたちはアニメーターですか・涙)
お客の入る風呂場とのつながり、システムがわかってくるとすごく楽しい。
こういうファンタジー世界のいかにもアナログっぽいメカの楽しみが、
やっぱり宮崎ワールドには欠かせないと思う。

湯屋が擬似和風建築なので
全体の雰囲気は「ねずみ浄土」でしたが、そのなかで
「不思議の国のアリス」を思い出させたキャラは「坊」でした(本人は和風なのに)。
「アリス」には伯爵夫人(だっけ)の赤ん坊っていうのが出てくるんですよね。
坊と違って何も活躍はしないのですが、いきなり豚に変身してしまったりする…。


海の上を走る電車のシーンは、見て綺麗というよりは
実際に乗ってみたい、あんな電車がきっとあるはずだ、
本当にあんな路線があってほしい、なければつまらない。
という気持ちがしたところです。踏み切りのところの人物がいいなあ。

電車の音。
音が聞こえるから近くを電車が走ってるんだよ、という憶測が初めのほうに出てきて
実際に乗るまでにいろんな角度から電車にアプローチするのね。
あれはすごく思い当たるなあ。
子供のころ、引っ越した先の土地で
昼と夜とでは違う方角の空から電車の音が聞こえてくるのが気になって。
昼夜それぞれの路線の銀河鉄道があるんだ、ということにしていたのよ(笑)。


おまけ。
十才の子供が主人公であること。
これ考えると長くなりそうなので適当にしときますけど、
わくわくする冒険・成長物語の主人公は十才が多いと思う。
十才でなくてはできないこと、
それより小さくても大きくてもできないことが沢山あるから。
ひととおり一人前の活動をちゃんとできる、知識や分別や身体能力がある下の線。
年頃になって性を意識して、異性の友達とは友情を結びにくくなって、
女の子はカラダがどんどん重くなってくる前の、上の線。
十才前後の子を主人公にしたお話では、
青春ドラマの主役になるべきティーンのお兄さんお姉さんは
なんとも間の抜けた小さなオトナに描かれてしまうことが多いのを
昔から面白く思っていました。
もっとまじめにサンプル揃えて考えてみたいなー、やらないだろうけど。


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