無責任賛歌
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2005年08月19日(金) |
映画が「見られる」ことの意味/水野晴郎トーク・ショー&映画『シベリア超特急5』 |
三島由紀夫がかつて製作・脚本・監督・主演を務めた短編映画『憂國』(1966/実際上の監督は劇作家の堂本正樹だったそうだ)のネガフィルムが、東京・大田区の三島邸で発見され、DVD化されることが決まったというニュース。 ちょっと映画やミシマに詳しい人ならこの映画の存在は有名で、その内容に嫌悪感を示した三島瑤子夫人によって、国内にあるフィルムは全て焼却処分され、幻のフィルムとなっていた。私もリアルタイムで見たことはなくて(3歳では無理である)、スチール写真でしか知らない。写真を見る限り、花びらの中で青年将校(三島)とその妻が抱き合い、死んでいる姿は、絢爛なイメージではあるがゲージツゲージツしていて鼻白む印象がないでもない。 ともかくモノホンを見ないことには感想の述べようもないので、いっぺん見てみたいとは思っていたのだが、ともかく瑤子夫人の反対がある以上はかなわぬことであった。不謹慎な言い方で申し訳ないが、今回の「発掘」は、瑤子夫人が亡くなられたために実現している。 夫人の反対は理解できないでもない。三島由紀夫は生前から様々な形で「批評の対象」として毀誉褒貶甚だしいものがあったが、瑤子夫人にとってはそんなことはどうでもよく、三島の割腹自殺以降は「夫」としての「平岡公威」を独占しておきたかったのだろう。ポール・シュレイダー監督の『MISHIMA』も未だに日本公開の目途が立たないが、これも瑤子夫人が本編中の三島のホモ描写に激怒したためだと伝えられている(私はあるルートでビデオを入手したが、それなりによくできた映画ではあった。身内以外の人には面白いだろう)。 けれども、作家とか、役者とか、有名人は、ある程度はプライバシーを犠牲にしなければならないところがある。と言うよりも、もともと私生活も研究批評の対象となることを免れない存在なのだ。ましてや『憂國』にしろ『MISHIMA』にしろ、公共に提供されるべく作られたものなのだから、瑤子夫人が長年取ってきた措置は、横暴と非難されても仕方がない。 『憂國』が公開されるとなれば、どうしても注目は三島の「割腹」シーンに集中することになるだろう。既にニュースの見出しは「自決を予告?」(読売新聞)だったりする。瑤子夫人の危惧が当たったようなもので、結局、世間の興味はそういう扇情的かつ表面的な部分にしか向かない。あるいは晩年の三島の「思想」がらみで、批判的に見られる可能性もある。それは、『憂國』に興味を持つ客の方にも影響を及ぼしかねないことで、つまり、こういう映画を見たがってるやつはみんな「ウヨク」じゃねえかとか、短絡思考で誤解されるかもしれないのだ。 そりゃ、ウヨさんも見たがるかもしれないけれど、私ゃ単純にミシマという作家の軌跡に興味があるんだからね。大学時代、故・小田切秀雄先生の講義を受けて「三島は『仮面の告白』『潮騒』『金閣寺』だけを読んでおけばよい。彼の書く小説は『小説以前』だ」という話を聞いて以来、三島の『黒蜥蜴』(乱歩原作!)がものごっつ好きだった私は、反発するようにその三作以外の三島作品を愛してきたのだ(念のため言っとくが、三島本人は嫌いだ)。ともかく、三島は付与する情報が多すぎて、作品が作品として純粋に見られることがあまりに少ないと思う。 しかしそれを三島作品の「不運」と言い切ることはできないと思う。どんな作品であろうと、それが日の目を見ないことには批評の俎上にすら乗せられることはないのだ。たとえ偏見だらけで見当外れの批判をされようと、「作品」は「見られてナンボ」である。凡百のエセ批評など気にすることなく、『憂國』DVDの発売を待ちたいと思う。
仕事を引けて、しげと博多駅の紀伊国屋書店で待ち合わせ。 天神に移動して食事をしたあと、「ソラリアプラザ」で映画「監督」水野晴郎氏のトーク・ショーおよび『シベリア超特急5』を見る。 もはや説明の必要もないほどに「有名」になってしまった『シベ超』シリーズであるが、なんだかんだで私は全作、付き合ってしまっている。そんなに面白いのかどうかと言われると困ってしまうのだが、ともかくこれは「愛」に満ちた映画だ。それは間違いない。 映画を見れば一発で分かるのだ。スタッフもキャストも、水野晴郎氏を愛している。 毎回、話は殆ど同じだ。水野晴郎氏扮する山下奉文大将がヨーロッパ視察のためにシベリア超特急に乗る。そこで謎の殺人事件が起こる。それは山下大将の名推理によって解決するが、そこには戦争の悲劇が横たわっている。山下大将はひとしきり「戦争はいかん」と言って終わる。そのあとに、「意味のないどんでん返し」が待っている。当然、今回もそんな話だ。 殆ど同じ話を繰り返していながら、誰も水野氏を止めないのは、これはもう「愛」以外の何物でもないだろう。一作目を見たときには破綻したストーリー、トリックとも言えないトリック、意味不明の展開、無駄なアクション、殆ど直感でしかない名推理、不必要な懐かしの名画へのオマージュ、何より水野氏の素の演技に眩暈すら起こし、唖然として怒りもしたのだが、もう六作も作っちまった現在(舞台版の『7』が既に作られている)、映画としてどうこうなんてことを突っ込むのはかえって野暮というものである。 一作目でもうおなかいっぱい、というお方は2作目以降を見る必要はないかもしれない。しかし、一度ハマッてしまえば、たとえ同じことの繰り返しだと分かっていようとも、中毒のように二作目、三作目と見たくて仕方がなくなる。スタッフ・キャストの「愛」に観客も包まれてしまうのだ。だから、取ってつけたような「戦争はたくさんの人を不幸にする」という反戦メッセージも、ここまで続けて念を押されれば、もうその通りだと頷くしかなくなってしまうのである。 本編もものすごいものであったが、トークショーもすごかった。と言うか、「トークショーで予め内容を聞いておかないと、本編がますます分けが分からない」のである。例えば、「冒頭の長回しのシーンで、大陸浪人たちの向かいで顔を見せずに手袋をつけている人物がいますが、これが真犯人です」なんて説明したりする。しかし、そのことを聞いていないと、本編中では実はそいつが犯人であったという説明は一切ないので、「あの人物はなんだったんだ?」という疑問が観客の心の中にわだかまったまま映画を見終えることになる。多分、これは編集で「説明カット」を入れるのを忘れてしまったのだ。 「見所は万里の長城での『階段落ち』です。ロシアのエイゼンシュタインが『戦艦ポチョムキン』でやって、『アンタッチャブル』でマネされましたけど、プライアン・デ・パルマ何するものぞですね」と意気軒昂に語られるので、実際に本編を見てみると、これがまたとんでもなかった。「シベリア超特急から吹っ飛ばされた主人公が、万里の長城の上に偶然あった荷車の上に落ち、そのまま延々とジェットコースターのように階段落ちしていって、勢いがついて更に跳ね飛ばされ、超特急の終点である満洲里まで辿りつく」のである。「エイゼンシュタインのマネがしたかっただけだ」ということを事前に聞いておかないと、画面を見ていて何が起こったのか理解不能に陥る人も多数であろう。 この映画のすごいところを列挙して行けば本当にキリがないので、このへんにしておくが、往年の映画をあまりご覧になってない方や、ミステリーにあまり慣れてない方は、そういうシュミの方と一緒にご覧になって、どこがどうおかしいか、説明してもらうのがよいかと思う。
上映後のサイン会で、「鏡のシーンは『市民ケーン』ですか?」と水野さんに伺ったところ、「そうです、さすがよくお分かりになりましたね」と仰ってニッコリされたあと、聞いてもいないのに「あのシーンはラナ・ターナーの『郵便配達は二度ベルを鳴らす』で、あのシーンはローレン・バコールの『脱出』で、あのシーンはマレーネ・ディートリッヒの『嘆きの天使』で」と、どんどん解説してくださった。 正直な話、水野さんの映画評論は大したことがないと長年思ってはいたのだが、こんなに映画を愛している人には滅多に出会えるものではない。これはウソでも何でもなく、本当に何十作でも『シベリア超特急』を作って頂きたいと、心の底から思ったのである。 「ぜひ、十作まで作ってください」とつい言ってしまったが、水野さんはちょっと寂しそうに笑って、「ありがとうございます。長生きしないとね」と仰った。水野さんは『5』の撮影中に転倒して、背骨や左腕など、四箇所も骨折されて、今も歩行がやや不自由なのである。現在製作中の『6』を完結編とするご意向のようで、多分、体調の面でもそれ以上作り続けるのは難しいのだろう。 会場では、その水野さんの右手の骨折レントゲン写真をプリントしたTシャツも売っていた。「転んでもタダでは起きない」と仰っていたが、文字通りである。当然、即買いである。パンフにメンコ、DVDにポスターも買って、サインをしてもらいまくり、ツーショットで写真も撮ってもらった。しかも「こんなに買ってくれてありがとう」と、メンコをもう一組、余計に頂いた。 むちゃくちゃ嬉しかったのだが、こういうときに喜びをうまく表せない自分のポーカーフェイスが恨めしい。
あんまり嬉しかったので、この日記の愛読者の方にも幸せのおすそ分けさせていただきたいと思います。パンフレットは二部買って、どちらにもサインをしていただいたので、一部、15万ヒットのキリ番の方にプレゼントしようかと思います。ほぼ90%の確率で通りすがりさんに当たって、気が付かれないまま終わっちゃうとは思いますが。もし、「当たったー!」と仰る方は、メール下さい。お待ちしてます。
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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