mortals note
DiaryINDEXpastwill


2005年06月11日(土) 夢喰い 【イレギュラー】 最終話(完結)

【最終話】


 花束を買うと、何故か気恥ずかしい気持ちになる。
 駅をとおりこして、ビルの立ち並ぶ大通り界隈にいた。

 もう三年。
 まだ、三年?
 どちらものような気がする。
 春がおとずれれば、無事に受験生に進級するのだ。
 ときは経ち、色々なものを置き去りにして大人になるのだろうか。
 鋭かった痛みも、にぶく弱くなり、思い出す機会も減る。
 残酷で、ひとでなしで、薄情で、やさしくない。
 人間、忘れるように出来ているんだけれど。
 忘れていく自分は、とてつもなく酷いいきもののような気がする。

 ここに来る頻度も、すくなくなったな。
 以前は月に一回ぐらいふらふらと来ていたものだけれど。
 結局今年は一年ぶりだ。
 それ以外の三百六十四日は、くだらないことで笑ったり怒ったりしているんだ。
「ずいぶん久しぶりで、ごめんね」
 何も、自分だけの変化ではないことは分かっていた。
 その証拠に、この場所に花が手向けられることも、ほとんどなくなりつつあった。
 ここで死んだ人間がいるってことを、この道を通るどれぐらいの人間が知っているだろう。
 未だに取り壊されずに残っている廃ビルだが、来年度に入ってからようやく取り壊すことが決まったと、風の噂で聞いた。
 完全に板がうちつけられて、出入り不可能になった入り口に、買ってきた花束をたてかけた。
「高幡、俺さ、本当はおまえとも」
 春はもう、そこまできている。
 三月の半ばとなれば、厳しい寒さもやわらいで、厚手のコートもいらなくなっていた。
 先程わかれた二人の顔を思い出していた。
 こんなに深い付き合いになるとは、出会った頃は考えもしなかったけれど。
 あれほどそっけなかった「隣のクラスの銀くん」とも、近頃は要を挟まなくても十分じゃれあうことができる。
「おまえとも、馬鹿言って遊びたかったんだ」
 偽善も正義感も優越もとっぱらって、くだらない話をしてふざけてからかいあったり。
 何もむずかしくはない。
 簡単なことだ。
 友達になれたらよかったな。
 お前のくるしみを、もっと聞き分けてあげられる耳を、もっていればよかった。
 あの頃は、まわりよりも、多くの物が見えているつもりだったけれど。
 結局は高幡、俺もさ、自分のことだけで大変だったんだ。
 ゆるしてよ。
 精一杯だったんだ。

「また来るよ。ストーカーだって言われても」
 ここに、あたらしくどんな建物が建っても。
 この土地を離れて暮らすことになっても。
 もういいって、言われたって。
 来るよ。

 肩越し、背中のほうから。
 まぶしい光が帯のように射してきて、勝利は振り返った。
 黄金に染まった空の、雲の切れ間から、あたたかい光がこぼれてきていた。
 なぜか、懐かしい気持ちになる。
 あんな、やわらかくって美しい光を、どこかで見たことがあったような。
 どこでだったかな。
 目を細めて、光を受ける。
 熔けてゆけそうだ、と思った。
 おだやかな、ゆるやかな時間の中に。
 切れ間から差し込む、黄金色の。

 光の中へ。



【了】



如月冴子 |MAIL

My追加