昨日もあてどなく出かけるつもりでいましたが、雨ということもあり、パソコンを立ち上げてメールを読み返したりしているうちに一日が過ぎました。 辛くてなかなか読み返すことのできない、はじまりからのメールにすべて目を通しました。なんと、おだやかな、信じられないくらい幸せな時があったことでしょう。つき合いだして少々してから(むしろつき合う以前から)すでにHのなかでは病気が進行していて、家庭では問題が起こっていたのでした。しかし私はそれを知らず、仕事にやりがいがあった時にはH本人もそれを跳ね返す活力がありました。変なことで関係がこじれそうになったり、些細なことでけんかもしました。でも、つき合いだす前の辛い日々のあとではそれもきっと幸せだったのです。 ここにいこう、あそこに行こうと計画を立てている私たち、面白いネタをさがしてはくだらないやりとりを延々としている私たち、仕事のつらさや状況をお互い報告し合い、不必要な一言を曲げて取って気持ちがすれちがってしまったり、どんなこともすべてがあまりにキラキラして見えました。だんだんと携帯のメールに切り替わっていったので、パソコンの中のメールは途中までのものです。そのはじめころのいいところだけかみしめるように読んで、どのメールからも涙が止まりませんでした。 昨日も一人だけで過ごそうと思っていたのですが、人寂しくて仕方が無くなり、ついメッセンジャーにつなげて一日じゅう会話をしていました。最初はそのことには触れず、でも、結局その話をはじめてしまい、また泣きながらキーボードを打ち続けました。この日記以外では、一番の友人にも殆ど深いところまで話さないようにしていましたが、あのとき立ち会ってくれていた人には他の誰にもいえないことをついつい話してしまいました。 命日の日の落ち着きから、もう私の涙は少なくなってしまったと思っていたのですが、涙というものは枯れることがないのですね。読んでは泣き、話しては泣き、エンドレスでかけている好きだった曲のCDを聞いては泣き、あの日のいまごろ何をしていたのだろうと思い出しては泣き。考えてみれば、発見したのは次の日な訳ですから、去年の14日より去年の15日の方が私の心はつらかったのでした。 いまでも、見つけたときのことや彼の様子、私の錯乱している様子がチカチカと頭にうかびます。警察に状況を話している状況。部屋に入ってしばらくしてからはじめて、おかしい、と思ったときの気持ち。霊安室が寒かったこと。私を面倒見続けてくれた友達が、はじめて声を詰まらせ顔を伏せたときのこと。初めて過去形でHのことを話してしまったこと、そしてそれにすぐ気づいた瞬間。まぶしいくらいに晴れていたのにいつのまにかその日の夕方になって空が暗いことに気がついたときのこと。携帯を開いたら私が送ったメールが開封されていないのを見たとき。私の親に初めて恋人がいたことから全部説明したときのこと。警察でHの家族たちを迎えたときのこと。その日初めて睡眠薬というものを飲んで眠ったこと。敷いたままのふとんにかかっていた私の買ったシーツ。こんな状況でもやっぱり冷静な自分がいることに腹が立ったこと。涙が止まらないということを初めて知ったということ。慟哭というものは息ができないくらい苦しいものだと知ったこと。バナナやパンなんて買っていって、なんて私はおめでたいのだろうと笑いたくなったこと。ドアの重さ。私の声はどこから出ているのだろうと思いながら話していたこと。状況検分をしているときに野次馬に来た近所の人が私のことを見て「かわいそう、あんな立場になったらどんなに辛いだろう」などと言っているのを聞いて私はかわいそうなのかと思ったこと。死んでしまったということはもうHに会えないのだということなのだと突然思ったこと。 夢のように現実感が無いのに、こんなにはっきり、まだ、覚えています。去年の昨日のすべてを。
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