父親は、母親の気が狂う度に、実家へ連れ帰り、押し付け、 「あいつがヒステリーを起こすたび、こっちがきちがいそうだ」 とよく言っていたのを鮮明に思い出す。 決まって夜遅くだった。 試験中の妹が親の喧嘩に怯えるので、部屋へ花瓶を持って行き投げつけてきたりした。 それは妹がまだ15歳になった頃で、あの子はあたしのその攻撃を覚えてしまった。 憶えさせてしまった。 出て行っては帰ってきて、連れて行かれては連れ帰られてを繰り返し、 さすがにあたしも駄目だった。 言葉よりも先に手や足が出てしまう。 平和にする言葉を覚えなかった。 攻撃的な言葉と、手のひらの痛み、放り出された冬の夜の寒さ。 叩かれながらピアノを練習した。 トトロの『さんぽ』を弾いた。 何処かへ行ってしまうような音楽だった。 そして今、ここに残るのは父親の暴力的な言葉だけ。 被害の数だけ。 そして妹に憶えさせてしまった、うるさい親の黙らせ方だけ。 解決策も見付からないまま、通院歴はもうすぐ5年になる。 原因も、現状も、何にも変わらない5年のつきひ。 くるくる変わるアメの種類と、素敵に膨らむ病状だけは、 おんなじように憎しみを孕ましてく。
父親とおなじ青い血を、身体中から全部抜き取りたい。 母親と同じだという証拠も残さないように上手に。 あいつは今日も言葉で殴る。 埒があかない。 もう病院へ行くのはやめよう。
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