「硝子の月」
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「失礼致します」 アンジュは軽く触れただけであったが、重いはずの扉は音もなく開く。 「『永き者の寵を受ける御方』におかれましてはご機嫌麗しゅう……お久し振りでございます。アンジュ・アルティアート・クリスティン、『第一王国』名代として建国祭の御挨拶に参りました」 王族に連なる血筋の少女は優雅に一礼をして口上を述べた。 「よう参った」 豪奢な金色の巻き毛の部屋の主は変わらぬ鷹揚さで長椅子に寝そべったまま、来訪者を迎えた。豊満な肢体を鮮やかな緑の薄絹に包み、水煙草の煙管をくゆらせている。 (こりゃまた…) 「派手なおばさん」 胸の内で思いかけたことを隣の少年がぼそりと呟いて、グレンは「ぎゃ」と叫びたくなった。 「おおお、お前、『英知の殿堂』の主に何つーことを」 本人の耳に届いていないことを痛切に祈りつつ小声で叱る。 しかし青年の祈り空しく、少年の呟きはしっかりと本人の元に届いていたらしい。ただ青年の危惧とは逆に、彼女は気を悪くした様子もなく黄金の双眸を細めてくつくつと笑う。 「やれやれ、愚かしい童(よの」 出てきた言葉は少年をムッとさせるに充分な辛辣さではあったが棘はない。彼女を知る者からすれば、彼は彼女に気に入られた幸運な少年であると言えよう。どこぞの国の王などはあまりの待遇の違いに目を剥くに違いない。
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