今月は一切残業なしで仕事をやること、とチームミーティングでウチのマネージャーが言った。 また訳の分からんことを……と俺は心の中で舌打ちしたが、今日はツマが風邪っぴきで仕事を休んでいるので、俺は今日くらいは早く家に帰ろうと思っていたから、とりあえず今日は好都合。 終礼が終わると、俺はさっさと帰り支度を整え、マネージャーと部長に、 「ホントに帰りますよ、ホントに帰りますからね」 と強く訴えて事務所を後にした。昨年、定年退職を迎え、今は嘱託社員の立場で一緒の部門にいるスズキさんとエレベータの前で一緒になった。 「ああ、のづさん、ごくろうさまですね」 「お疲れ様でした」 「で、今日はこれから仙台? 鳥取? 松江かな?」 スズキさん、本気で言ってるから笑えない。俺が定時で事務所を後にすることはない、と信じ込んでいるようだ。社内の他部門の奴もそうだ。「今日はなんで本部にいるの?」なんてしょっちゅう言われる。地方出張の嵐を駆け抜けてきたここ1、2年だけに致し方ないか。 勘弁してください、今日は逃げるように帰ります、と言うと、スズキさんは、 「おお、そうかあ。そうだよなあ、たまには早く帰らないとなあ」 と笑った。
定時で会社を出るのはいいが、帰りの電車がもう親の仇のように大混雑。朝は満員電車に揺られるのが嫌でそこそこ早い時間の電車で出社しているのに、帰りの電車がこれでは余計疲れてしまうではないか。電車が滑り込んでくるホームも帰宅の人たちで溢れかえっている。そんなに帰宅したいのか、おまえら――と訳の分からないツッコミを入れたくなる。今までは21時、22時すぎまで仕事をしているのがあたりまえだったので、こんな早い時間の帰宅の電車がこれほど混雑するものだとは知らなかった。 覚悟を決めて、快速電車に乗り込む。続々と帰宅のサラリーマンや学生が乗り込んできたが、俺はなんとか鞄を網棚に乗せ、吊り革を確保し、いよいよ読み終わろうとする文庫本を開くことはできそうだった。
あっという間に所沢に到着。同時に、さだまさし「精霊流し」も読了。家までの道すがら、ブックオフに立ち寄って、文庫本を一冊購入した。途中、病の床のツマから連絡があったので、牛乳を1本買って帰宅。 どうということもない、定時帰宅の夜。
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