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■ 北へ向かう鳥達
白い薄ぼんやりとした空に、鳥の一群を見かけたのは3週間前のことだ。
空に伸びる一筋の黒い点線。
それが南からの渡り鳥達だということに、友人が先に気が付いた。
「ガンツェの群れよ。南から北へ移動しているわ、春が近いのね。」
ガンツェというのが何の鳥なのか、私は知らなかった。そして、南から北へという言葉に小さなひっかりを感じながら、彼女に訪ねた。
「彼等は一体どこから来て、どこへ向かっていくの?」
「たぶんね、スペイン、イタリアあたりから飛んで来ているんじゃないかしら。ロシアへ向かっているんだと思うわよ。」
その日私は、友人のもとで庭仕事を手伝っていた。
一日中、荒れて固くなった土達を、手で崩しながら柔らかくする。それは、ごつごつとした乾いた固まりの山から、寝心地のいい羽布団を作るような作業だった。
時々、庭全体をみわたすと、全ての植物達が、もうすぐ訪れる暖かな日溜まりを、じっと静かに待っているのが感じられた。土の中では、小さなチューリップの赤ちゃん達が眠っていた。
けれども、頭上をゆく鳥たちの群れは、暖かさの充分にある南の土地を離れて白い空の広がるこの街の上空を通り抜け、まだ冬の残る北へと向かっている。
日溜まりを離れる事は、不安ではなかったのですか?
どうして、もう、飛び立つ事にきめたのですか?
まだ水分を多量に含んだ空を飛んでいくことは、息が冷たくて苦しくはないですか?
もう少し待てば、もっと暖かくなるのに、それから移動するのでは駄目なの?
彼等は時に1本の線になったり、再び黒い粒の散らばりに戻ったり、形を変化させながら風をよんで飛んでいた。
北の地は、きっと今も尚冷えきっている事だろう。 どれくらいの時間をかけて、かの地へ辿り着くのだろう。 彼等は今、私の頭上で、向かっていこうとする先への途上にいた。
姿が見えなくなるまで空を見上げていると、やがて、肩のあたりにツーンと冷えた痛みを感じ、私はまた残りの作業に戻った。
大部分の土がやわらかくなり、数週間もしたら眠っている芽達が可愛らしい姿をあらわすだろう。 ふわふわになった土に喜んでいるのか、蟻達が忙しく地中と地上を行き来しはじめていた。
あれから、いくつもの夜が過ぎ、季節は確実に、目に見えて移り変わりはじめた。
白い真綿の様だった空に、日に何度も青が挿すようになり、風の色がほのかに黄を含んで頬のあたりを触れていく時、植物の呼吸が感じられるようになってきた。
小鳥たちのおしゃべりがにぎやかになり、街を行き交う人々の足取りも軽くなった。地上では、もう数々の花達が色とりどりの姿で微笑んでいる。
渡り鳥達はどうしているのだろう?
もう北の地へ辿りついただろうか?
それとも、今も、どこかの国の上空を飛び続けているのだろうか…?
あの日、ただ暖かい温もりが訪れるのをジッと待っているだけだった私の頭上を、北へむかって冷たい空をグングン飛んでいく鳥たちの姿は、どこまでも眩しかった。
たとえ、厚い雲に覆われて光が挿していなくても、それはとてもとても眩しく私の胸に響いた。
この街にも今、ようやくたくさんの春が訪れている。 風が優しくなり、日が長くなった。時計をさす時刻も、冬時間から夏時間へと変わった。青空の向こうに、もう気の早い夏が隠れている。 白い季節は遠い記憶へとしまわれていくようだ。
…あの日、遥か頭上を過ぎていった黒い鳥たちの大群。
その姿を、私はずっと、ずっと覚えていよう。
2004年04月02日(金)
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