2002年09月18日(水) |
ぬか漬けはじめました in おフランス |
お久しぶりです〜。ごぶさたしてました。
7月以来すっかり食べ物日記と化してますが、まだまだ続きます。(笑)
8月の末から”ぬか漬け”をはじめました。
天然の香料で石けんを作って、家事でも洗剤類を使わなくなってから、匂いに敏感になりましたが、極力、保存料、化学調味料などの添加物を使ったものを口にしなくなってから、味覚のほうもだいぶ変わりました。
以前は好きだった”市販の”昆布の佃煮とか、甘い煮豆、ちらし寿司の素などの味をしつこい後味が残って気持ち悪いと感じるようになったのです。(質のよい、添加物なしのものなら市販のものでも大丈夫かも)
3年くらいまえに母が送ってくれた「浅漬けの素−ビニールパック」がとても気に入って、また送ってくれるようずっと頼んでいたのですが、その後見つからないそうで。
またお漬物を食べたいけれど、パリで手に入る市販のものでは、きっともうおいしく食べられないだろうし。。。と思っていたら。
そう、ぬかだったら、自然食料品店でいくらでも手に入るのです!(笑)
そして、ちょうど買ったばかりの野崎 洋光さんの「さらに、美味しい方程式」に詳しい説明が出ていたのです。
ぬか床を作るとき、糠を炒ったり、唐辛子を加えるのは糠に発生する虫を防ぐため。
ぬか床を最低でも1日1度はかき混ぜるのは、漬物が出来上るのに必要な菌は空気に触れると育ち、いやな匂いを発生させる、漬物が出来上るのに必要ない菌は空気に触れると死ぬため。(つまりきちんとかき混ぜていれば臭くならない)
野菜を塩もみしてから漬けるのは、1つには色止めのため。 もう1つの理由は、野菜のなかの水分とぬか床のなかの水分が行ったり来たりすることで漬る(野菜そのままよりうま味が出る)ので、野菜からの水分を出やすくするため。
そして、必要な米ぬか、塩、唐辛子などの分量、写真つきの作りかたまでしっかり出ていたので、これならわたしにもできるかも?!と。
ぬか床を作ってから2週間は捨て漬けをしなくてはならないのですが、はじめの1週間は麦茶のような匂いでした。(笑) それが1週間目の終りにビールっぽい匂いになり、2週目に入ったころからほのかに漬物っぽい香りがするようになり。。。
いまは3週間と数日経ったところで、ばっちり!わたしが作ってもちゃんと食べられる無添加ぬか漬けになってるんですよぉ〜!(嬉)
こちらの茄子は日本のものとは大きさも味もまったく違うので、茄子は浅漬けの素を使ったときも、ぬか漬けでもいまいちですが、カブは「うっまー!! (;_;)」。
圧力鍋を買ってから、玄米が主食になっているので、玄米とぬか漬けにお味噌汁で、毎日しあわせご飯。おうちに帰ってご飯を食べるのがこのうえない愉しみの今日この頃です。
P.S.1 ふつうは添加物を含む食品を摂るのを止め、有機栽培野菜を食べるようにしても、味覚に変化が起こるには半年〜1年かかるそうです。
わたしの場合は、有機野菜を食べはじめたのはだいぶまえなのと、外食をめったにしないこと、もともと母がだしの素、麺つゆやドレッシングも含めて化学調味料をほとんど使わない人で昔からあまり摂取していなかったから、変化が起こるのが早かったのかもしれません。(昆布の佃煮をわたしが買ってくると露骨に嫌がられた記憶が (^^;))
P.S.2 上記の野崎さんのレシピ本はプロの立場から家庭料理のために書かれているので、分量通り・手順通りに作るとプロみたいなお味の煮物ができあがります。すごーーいおいしいです。
ただ、うちの母は料理にみりんを使わなかったし、わたしがバレエを習いはじめてからはお砂糖もほとんど使っていなかったので、わたしがおうちで食べたいお味よりちょっとしつこいかな。
でも、お客さんが来たときに「わたしが作ったのよぉ〜!どうどぉ?」と自慢するにはかなり役立つと思われます。(笑)
P.S.3 ぬか床のかき混ぜに使わなかったほうの手がかさかさしているときでも、ぬか床をかき混ぜたほうの手はつるつるすべすべです。(米ぬかアレルギーを持っているかたもいるので、ご注意ください)
先日、日本書店で「パリの手わざ」という本を見かけました。以前からその本のことは知っていたし、パラパラめくったこともあったのですが、何の気なしに「銀細工」のページを見ると、そこに出ているお店の職人さんは自分の作った新しい銀食器を売っているだけでなく、古くなった銀食器のメッキを再加工してくれるのだとか。
うちには銀のカトラリーがあるのです。
1人暮らしをはじめたばかりのころ、蚤の市で買ったもの。偶然通りかかったところ、わたしが値段を尋ねるまえから、お店の人に
「買うんだったら、安くするわよ!」
と言われたのです。(笑)
値引くと言われた金額で既に郊外型安売りインテリア店 IKEA(日本にも進出予定とか)のカトラリーセットよりも安く、おんぼろぼろぼろのクロコダイル革張りのケースもついて。
フォークとスプーンのセットだったのを、隣に同じ柄の模様のナイフもあったので、「ナイフも買うからあと100 Frs (2500円程度)引いて〜」と言ったらおばさんに「Oh! You are so tough!」なんて感心されてしまいましたが、結局わたしの言い値で売ってくれました。
買ってからわかったのだけれど、2,3日の限定市の最終日夕方で、店じまいの途中だったんですね。(笑)
あまりにも安かったので、べつに偽物でもいいやと思ったのだけれど、あとで銀用の薬品を買ってきて磨いたら、しっかりきれいになったし、銀製品に押してあるマークもついてるし、やっぱり本物の銀だったみたいです。
銀のカトラリーというと、日本では「ぶるじょあ〜」と思われるかもしれませんが、フランスではふつうは買わずに結婚するときにお祖母さんから譲ってもらうものなのだそう。さすがにメッキものではなく完全純銀のものは、磨く係の人を雇えるようなお家のものってイメージがありますが。
わたしはホームステイ先で、毎日磨いていない銀のカトラリーを使っていて大ファンになりました。
ステンレスのスプーンにあつあつのスープをよそって、すぐに口に運ぶと、間違いなく口をやけどしますが、銀だと熱いスープをすくっても、スプーンがそれほど熱くならないのです。なので、わたしのようなくいしんぼうには銀のカトラリーはとても重要。(笑)
そして、輝きも、手に持ったときの感触も銀のほうがステンレスよりもずっと控えめでやさしい感じがします。
木のスプーンのやさしさも好きだけど、塗装していないものはカビさせないよう手入れがたいへんだし、塗装しているものはその塗装の質が気になります。
わたしが買ったものは模様もかなり珍しいアール・デコ・タイプ。けれど、ところどころメッキが薄くなっているので、これはいつかはまた中古屋さんに売りに出さなければならないかな〜と思っていました。
それが。。。
古くなった銀食器にメッキをしなおしてくれる職人さんがいる!
デザインに惹かれて、惚れ込んで買ったというよりは、値段と必要性から手に入れたものではありますが、一度手に入れたものを手放さなくてすむのは、やっぱり嬉しいですね。
ただ、その加工を頼んだら、新しいカトラリーセットを買うのと同じくらいの値段になりそうな気がして、怖いのだけれど。。。(苦笑)
まあ、いつかいつか、修理することはできるんだぞということで。
P.S. フランスの蚤の市では綺麗に磨かれた家具、銀製品などに比べて、磨かれていないものは同じデザインでも半額くらいのお値段で手に入ることが多いです。お店の人に訊けば、磨きかたも必要なものも教えてくれます。
家具は、きれいに磨かれていて高いけれど、建て付けが悪かったり、ぐらぐらするものもあれば、汚くて安いけれど、作りはしっかりしたものも。
わたしの一人暮らしのしはじめは、テーブルにやすりをかけ、カーテンレールを好みの色に塗り、銀製品を磨くことで始まりました。
日本にいたときはフランスに来るお金を貯めるため寝ずに働いていたので、そんなことをする時間があることをとても贅沢に感じたものでした。
P.S. ソファや椅子などは、布が張っていない状態で格安で購入し、カーテンやクッションと共布を張って使う人が多いようです。
巨大な、けれどすり切れまくった革のソファを拾ってきて、その上に玄関マットやウールのひざ掛けなどを被せて、使っていた友人もいました (笑)。おそらくもとは超高級ソファだったのでしょう。作りのがっしりしたそのソファはとても座り心地がよく、元はカフェだった場所を DIY し(ている最中だっ)た個性的な部屋によく似合っていました。
嬉しいニュースの次は心配なニュース。
今年のはじめにコート・ジボワールに移り住んだ友人からメール。
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僕の周りはみんな無事で元気でいます。 ただ銃の音がいたるところで聞こえるだけです。 もうだいぶ収まったけれど、いつでも出発できるように荷物だけはまとめました。 近況報告まで。
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とのこと。
フランスの新聞はとらなくなって久しく、TVニュースも毎日は check してなくて、主に asahi.com で時事情報を得ているわたしには寝耳に水。
いったい何が起こったの?!
焦ってTVをつけてみても、フランスでは釈放されたパポン氏の話題とイラク関連ばかり。
パポン氏は過去、ナチス政権に協力してユダヤ人虐殺に加担したとして、3年ほどまえに「人道に対する罪」で投獄されたのに、今度は「刑務所で重病、あるいは死ぬ可能性が極めて近い者は釈放する」という、最近決まった条文?により釈放。
その状態の定義は「ベッドを離れずに生活している」とされているのに、しっかり歩いて1人で車の助手席にも乗り込めてしまったので、当然大問題になっています。
街頭インタヴューではなんとも思わないという人と、同じ街に住むのは嫌だという人。 理由を問われて、「なんでって、ひどかったんだぞ!おまえらはあの時代を知らないんだろう? 俺も知らなかったらよかったよ」
明日ニュース番組をちゃんと見たら、コート・ジボワールでなにが起きたのか、少しはわかるかしら。
友人は、子どものころにも両親に連れられてアフリカ暮らしを経験したことがあったので、自分から希望してアフリカで働きはじめました。以前は海外で仕事を2年くらいすると兵役を免除されたんだけど、いまの制度だとどうなのかな?
自分が言葉の通じない国で暮らした経験があるからか、わたしがまだフランス語をほとんど話せなかったころから、そんなことは気にせずによく話しかけてくれ、わたしはよくノートを借りてコピーさせてもらったものでした。(笑)
言葉が通じない外国人の相手を数時間だけ務めるくらいの親切は、だれでもできることですが、特に若いころは自分と同じ興味を持った同じボキャブラリーを持った友人と話したいことがたくさんあるもの。毎日々々相手をするのはかなり疲れるだろうにな〜と感心したことをよく覚えています。
去年一緒に食事をしたときには、しみじみと「かなは、ほんとにフランス語上達したよね。はじめは発音を日本語でメモしてたのにね」なんて言われちゃったし。
(自分の名誉のために言うと、一生懸命フランス語でノートをとるんだけど、追いつかないので、大事な単語やわからない単語”だけ”をカタカナでメモっていたのでありました。まさかバレてるとは思わなかった/笑)
一緒にベトナム系のレストランに行ったときは、はじめはとても嫌がって、「初恋の女の子がベトナム人だったんだ。小学校で隣の席だったんだけど、手ひどくフラレたんだよね〜。もうショックでさ〜。それ以来ベトナムものは。。。」なんて言いだす純情さん。(笑)
フランス人にしては珍しく、口説ける女はみんな口説いちゃえ!ってこともない人なので、わたしにとっては大事な大事なフランスでは数少ない男友達であります。
はやく騒ぎが収まるといいね。
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