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■ のぞみ
希美の背中は薄い。白い肌に手を滑らせるとひんやりとして弾力が弱く頼りない感じがして、蛍は心持ち力を弱めた。 「ここで働くのって辛くないですか」 希美がうつ伏せのまま急に訊いてくる。くぐもっているけれど、いつものように、無遠慮であけすけな声だ。 「え? 辛くないですよ。どうしてですか」 質問の意味を測りかねて聞き返すと、またも無遠慮な声が返った。 「だって、陽人さんと二人きりなわけだし」 蛍は希美の肩甲骨に集中しようとした。手を止めてはいけない。 「蛍さん、陽人さんのこと、好きでしょう?」 蛍は思わずちらりとドアに目をやった。店内にはゆったりしたギターの音楽が流れている。希美の声は、向こう側にいる陽人の耳に届いてはいないだろうか。そう考えるだけで呼吸が速くなりそうだった。 「変なこと、言わないでください」 努めて語尾に笑いを混ぜる。でも意図したほどうまく響かなかった。 「え、だって、陽人さん素敵ですよね。こんな、二人きりでいて、好きにならない方が難しいっていうか」 希美の声のトーンが上がる。一体何を考えているのだろう。蛍はほんの一瞬、希美の細い首を後ろから締めてしまいたくなった。 「もちろん素敵ですけど。既婚の人には興味ありませんから」 これでは、独身なら好きだと言ってしまっているようなものだ。言ってから思う。 素敵な人みんなに恋をするわけじゃない。少なくとも、蛍の恋愛はこれまでそうだった。学校で、クラスのほとんどの女子が憧れるような格好いい男の子がいても、蛍が好きになるのは全く別のタイプだった。かっこいい、素敵だとは思う。ただ、どうしても、いわゆるモテるタイプと自分の気が合うように思えなかったのだ。もしかすると、自信のなさも手伝っていたのかもしれないが、蛍の好きになるタイプは、どちらかというとモテるタイプじゃないけれど、話していて面白く、安心感をくれる男性だった。
2018年10月19日(金)
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