|
|
■■■
■■
■ あふれる思い。番外編。その6
…また1ヶ月以上あいていますね…すいません〈滝汗〉。しかもキリリクを先に書くといっておいてこっちだよ…すいません…謝ってばかりだな〈苦笑)。 でもけっこうこの話も好きだって言ってくれる方が多いので、嬉しいことです♪ この話の本編は、同人誌『anemoscope』になります。まだ何とか在庫ありますので、興味を持った方はぜひ「同人」のところを見てくださいな♪
「あふれる思い。番外編。その6」
「え、いいって、塔矢!」 予想以上の手帳の値段に、ヒカルがさすがにアキラにそういうものの、アキラにはきかない。こんな強引さがある自分を、アキラはこのとき初めて良かったと思う。 「いいから、こんなところで騒いでも仕方ないだろう?」 にっこりと、有無を言わせない笑顔で、アキラがレジに向かったのを見て、ヒカルはため息をついて諦めたようだった。 高級な雰囲気のこの店の中で言い争うより、どこか他のところでちゃんと自分で払うと主張しようと思ったヒカルの目の前に、小さな紙袋を持ったアキラが戻ってきた。 「じゃあ、行こうか」 「…オマエ、ホントこういうのって碁と同じで強引だよなあ」 「それは、誉めてもらっているのかな?」 「…あのなあ」 どっちかっていうと両方なんだけど、と呟くヒカルに構わず、店を出ながら、アキラは時計を見る。 「ちょっと早いけれど、どこか入ろうか」 言われてヒカルも時計を見る。10時半を少し回ったばかりだが、天気がいいせいか、少し喉が乾いた気もする。 「そうだな、なんか飲みたいな、オレ」 「じゃあ、この先にいい店があるから、行こうか」 「うん」 この辺の地理に疎いヒカルは、アキラの言うがままにうなずくしかない。 すぐ近くだから、というアキラについて、ヒカルも大通りを歩く。 「あのさ、塔矢、それほんとにいいから…そんな高いの、いきなりもらえないよ」 珍しく遠慮がちなヒカルに、アキラはほんの少し淋しくなる。 そんなに、自分からの贈り物は嫌なのだろうか。 アキラにしてみれば、ほんの少し、ヒカルに何かをしたいと思っただけなのだ。突然そう思う理由には目をそむけ、とにかく、目の前にあった機会を利用した。 喜んでもらいたい、そう思ったから…。 「いいから、進藤…本当に」 でも、そういうのを口にするのもためらわれて、アキラもそう言うしかない。 「だけど」 「いいから…あ、ここだよ」 そんな会話を続けているうちに、目的の喫茶店についた。アキラの母がよく来ていると言うそこは、品のいいテラスに白いテーブルがいくつか配置されていて、カップルや女の子達が早くも何組かテラスに陣取っている。 「ここ?」 あまりにアキラという人物のイメージとは違う気がしたのか、ヒカルが驚いた顔でアキラを見る。ヒカルの考えていることが分かる気がして、アキラは少々苦笑いしながら言った。 「ここは母が良く来るんだ。ここのケーキ、母がお気に入りでね」 すごく美味しいんだよ、というアキラの言葉に、ヒカルの顔が輝く。 「へえ、そんなに美味しいんだ?」 「うん」 美味しい、という言葉を聞いて目をキラキラさせるヒカルに、アキラはまた心がホンワリとするのを感じる。 こんな風に、ヒカルに喜んで欲しいと思う。 …いつかの、図書室で見たような、淋しそうな顔でなく。思いつめたような顔でなく。 楽しんで、喜んで欲しいと思う。
店員に案内されて、テラスのはじのほうに席を取り、注文を済ませた。アキラは紅茶、ヒカルはココア。ケーキは本日お勧めのシフォンケーキにした。 アキラは食べなくても良かったのだが、ヒカルが一人で食べるのを嫌がったので、アキラも久しぶりに食べることにした。 店内の女の子達の視線を感じたが、まあいいかと気にしないことにする。きっとこの年の男の子が、こういった店でケーキを頼むのが珍しいのだろう。いつもは母がテイクアウトしたものを家で食べるアキラだが、ヒカルと一緒なら、まあいいかと思ったのだ。 「今日はいい天気だなあ」 ヒカルはほっと息をつくと、独り言のように言った。 「そうだね、いい天気だ」 アキラも何気なく返事をする。 「風も気持ちいいしさ、こういう日って、どっか遠くへ行ってみたいよなあ」 「うん」 「今だと、どういうところがいいかなあ。海はどうかなあ」 「そうかな。海だとちょっと過ぎたかな。」 「そうだよな〜。でもそれなら人少ないだろうし。どっか行きたいなあ」 会話が、なんとはなしに続いていく。 アキラは最初の時の緊張感というか、ヒカルと話すのに力が抜けている自分に気がついた。 (なんか、本当に不思議な感じだけど…いいな、こういうのって) 碁の話もいいけれど、でも、こうして何気ない会話を交わせることに、アキラは心がふわふわと浮き足立つのを確かに感じていた。
やがてほんの少し、会話が途切れたところに、アキラは改めてヒカルに紙袋を差し出した。 「じゃあ、進藤、これを」 差し出された紙袋に、ヒカルが顔をしかめる。 「でも、これ、あんなに高いじゃんか」 店で見た値段は、ヒカルの予想のおよそ3倍。いくら自分達がもう自分で稼いでいるとはいえ、簡単にプレゼントされるような値段ではなかった。 「受け取って欲しいんだ」 もう買ってしまったものだし、と、アキラはヒカルに押しつける。 ヒカルがなかなか受け取らないことに、アキラは少し重苦しいものがこみ上げてきていた。 せっかく、ヒカルに喜んで欲しいと思って、買った品物。喜んで受け取って欲しかったのだ。 でも、ヒカルにはいきなりすぎたのだろうか。 「だけど…」 まだ遠慮があるのか、受け取ろうとしないヒカルに、アキラはその頭をフル回転させて考える。 「じゃあ、誕生日のプレゼントって事では?」 アキラなりに、考えついたことだったが。 「…オレの誕生日、9月20日なんだけど」 まだ先だ。ついでに日付を記憶に強くインプットする。 「それなら…えっと、プロになったお祝いとか」 「…は?」 アキラにとっては、かなり考えた上での発言なのだが、ヒカルにとっては突拍子も無い言葉だったらしい。一瞬、呆れたような顔をして、その後思い切りヒカルは笑い出した。 「…って、オマエ、ははははは…っ…!」 憮然とするアキラの前で、ヒカルは笑いつづけている。 「…そんなにおかしいことか?」 あまりにヒカルが笑うので、さすがのアキラもむっとする。 アキラとしては、なんとしてもヒカルに受け取って欲しかったのだ。ただのプレゼントでは受け取ってくれないのなら、何とかそれらしい理由をつけて、気持ちよく受け取ってほしかったから。 それなのに、目の前の本人は、おかしそうに大笑いしている。 「…っ……」 苦しそうにお腹をかかえるヒカルと、むっとしたアキラの前にケーキと飲み物が運ばれる。紅茶に手を伸ばしながら、アキラは言った。 「そんなに笑うことは無いだろう、進藤」 「…そ、そうだけど、さ」 ようやく笑いの発作がおさまったのか、ヒカルもココアに手を伸ばした。 「塔矢がいきなり変なこと言い出すからだろ」 「…変じゃない」
(キミに受け取って欲しいからじゃないか)
続くはずの言葉は、飲み込んだ。 ヒカルがテーブルの紙袋に手を伸ばしたからだ。 「うん、分かった。ありがとう、塔矢」 「…受け取ってくれるのかい?」 「ああ。ありがと、塔矢」 「うん…」 飲みかけた紅茶をそのままに、アキラは生返事をしてしまう。 それくらい、アキラに向けられた笑顔に意識を奪われていたのだ。
心臓が、また正体不明のドキドキを伝えてくる。 (なんで…進藤の笑顔だけで) 何とか固まった手で紅茶のカップを置く。そんなアキラの目の前で、紙袋を脇の空いた椅子に置いて、ヒカルはケーキに手を伸ばしていた。 今日のお勧めケーキのシフォンケーキは、普通のシンプルなシフォンケーキだった。しかし、かかっているクリームがかなり美味しいらしい。 一口食べたヒカルは、うん、とうなずいて、アキラに笑いかけた。 「すっげえ美味しい!」 「そう…良かった。母がこちらを気に入っているんだ」 さっきも言った気がする。アキラはもう冷静ではいられない。 目の前には、美味しいものを食べて、幸せそうなヒカルの笑顔。 アキラがどこかおかしいのにヒカルは気がつかない。まぐまぐとシフォンケーキを食べている。 そんなヒカルを目の前にして、それでもアキラは、何とか自分を取り戻すべく、もう一度カップに手を伸ばし、紅茶を一口飲み、かちゃんと音を立ててソーサーに戻し、目の前のケーキに手を伸ばした。 今日は朝から、どうもどこか変だ。 それはきっと、目の前の人物がかかわっているからに違いない。 アキラがそこまで考えて、ケーキにフォークを入れた瞬間だった。
「おや、アキラ君じゃないか。進藤も。珍しい組み合わせだな」
…聞きなれた、大人の男の声がした。 「あれ、緒方さん!」 アキラよりも知り合って短いはずなのに、アキラよりもなつっこく、ヒカルがその白スーツに話し掛ける。 「緒方さん…」 さすがに見なかったことには出来ず、アキラも緒方に向かってほんの少し頭を下げ、挨拶をする。 「どうしたの?こんなところで」 自分達もそういわれるであろうに、というアキラの心の中の突込みなど思いもせず、ヒカルが緒方に聞くのをアキラは止めなかった。 「どうしたといわれても、オレはこの近くに用事があったからきただけだ。進藤こそ、アキラ君と一緒とは珍しいな」
なんだか、嫌な予感がする。アキラは思う。 いくら何でも、たまたまこんなところで会う確率など、かなり低いはずだ。 会いたくない人に会ったかもしれない、と思うアキラに、ふっと笑いかけながら、緒方が言った。
「そうだ、俺はこれからヒマだ。お前らも良かったら一緒にどこかに行くか?」
ああ、とアキラは気がつかれないよう、ため息をつく。ヒカルが返す答えも、わかってしまう。
「え、いいの?!うん。どっか行きたい!」
…確か今日は、碁会所で打つ約束だったはずだ。 その前に、キミのためにスケジュール用の手帳を買って。 突然だったけれど、キミへのプレゼントとして。 最初は困っていたようなキミも、笑顔で受け取ってくれて。 …それで。
じゃあ、これ早く食べていこうぜ、とアキラを促すヒカルに、うん、と力なく答え、とたんに美味しく感じなくなったケーキにフォークを入れるアキラであった。
続く。
…もうちょっと続きます。
2003年06月25日(水)
|
|
|