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■ 定点観測
夕方の刻、仕事場の大きな窓から外を見ると、空が藤色に染まっていた。 膝掛けをからだに巻き付けてベランダへ出る。煙草一本ぶん吸い終える 間にも、空はどんどん表情を変え、夕闇の気配が端からそっとしのび寄る。
空をいちばん美しく感じるのは、いつも夕方だ。 春には春の、夏には夏の、秋には秋の、そして冬には冬にしか見せない顔。 刻々とその表情が移ろってゆくので、私はいつも眼が離せなくなる。 これはもう、定点観測だ。ベランダで、夕暮れどきの、定点観測。
不意に光を感じ、北東の空をみやる。 紫雲の雲間から、白い満月がのぼってゆくところだった。 空の色がくすんでゆくにつれ、月はますますその白さを増す。
むかしから、夕方の月のような女になりたいと思っていた。 氷砂糖のような昼間の月でもなく、温度のない太陽のような夜の月でもなく。 夕方の月は、意志を持っている。国境線に立つ、俊敏な雌鹿のように。 すばしっこく、狡猾で、透徹した眼を持ち、ただひたすら美しい。
宵闇が空を覆い、夕方の月は、夜の月へと姿を変える。 ただひたすら優しい、夜の月へと。
2004年02月05日(木)
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