2005年04月10日(日) |
奥田英朗『空中ブランコ』 |
元気の出る読書です。
精神科医伊良部一郎が、心の病をすっきり解決!の短編集です。
ただし、この伊良部医師、どこまで正気かどこから狂気か常人には判断つきかねます。 色白のアザラシのような容貌。注射をされるところをみることが趣味で、どんな患者にもまずはビタミン注射。注射を打つのは、一昔前のボディコンのような白衣を着た肉感的な真由美ちゃんという看護士。
伊良部のもとに何の因果かさまざまな病気を抱えた人がやってきます。 先端恐怖症のやくざ。 スローイング・イップスのプロ野球選手。 強迫神経症の精神科医。 嘔吐症の女流作家。 だれしも、伊良部を見た瞬間、世の精神科医のイメージとのあまりのギャップに驚き、憤慨しますが、なぜか、またその診療室に足を向け、怒ったりあきれたりしているうちに快復していくのです。
伊良部医師は本当に子どもじみた単純無責任精神科医なのか、それとも、アホのような言動や、自分勝手な行動もすべてが治療のための確信犯的な行為なのか。はかりしれない・・・。
でも、見た目や雰囲気の“らしさ”ばかりで判断されて、本質や奥底に隠された意図なんて理解されない風潮の中で、一見、馬鹿げたスタイルをとりながら、不思議と人を治してしまう伊良部医師は、すごくカッコいいと思う。
「池チャン、大学を出てからおとなしくなっちゃったからなあ」伊良部がコーヒーをすすりながら言った。「倉本たちが言ってるの、こっちの耳に入ってきたよ。野村教授の娘と結婚してからは、ますます真面目になったって。昔は宴会部長だったじゃん」 「倉本が言ったのか?」 「みんなだよ。面白くなくなったって。それで無意識に抑圧されてるんじゃない?」 達郎が考え込む。確かに学生時代は大勢で騒ぐのが大好きだった。悪戯もした。大学創設者の銅像に褌をつけたのは、バンカラを気取っていた若かったころの自分だ。 「もう一回、性格を変えてみたら?看護婦のお尻を毎朝触るとか」 「馬鹿言うな。セクハラで大問題になっちまうだろう」 「じゃあ、机の引き出しに蛇のおもちゃを入れておくとか」 「ナースセンターから講義が来るぞ」 「そういうのを一年間続ける。すると周囲もあきらめる。性格っていうのは既得権だからね。あいつならしょうがないかって思われれば勝ちなわけ」 達郎が黙ってコーヒーに口をつける。同意はしないが理解はできた。図々しい人間は、その図々しさを周囲に慣れさせ、どんどん図々しくなっていく。伊良部がまさにそうだった。学生時代、伊良部がオナラをしても「ああ伊良部か」で許された。
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