2005年06月14日(火) |
村山由佳『星々の舟』 |
村山由佳というと『おいしいコーヒーの飲み方シリーズ』しか読んだことがなくって、その純情青春ラブストーリーっぷりにあてられ、少々辟易していたものですから、この本を半ば無理やりにある先生に手渡された瞬間は「気が重いなあ」と思ったのですが、うれしい予想外。 彼女はやります。 面白くってひきこまれて一気に読んでしまった。
『おいしいコーヒー』シリーズでは鼻について仕方なかった文体は、とても自然で流れるような文体になっていました。
この本は一つの家族のそれぞれの視点を借りた短編集です。 一つ一つの短編がそれだけでしっかりとした色をもって完成している上に、連続して読むとさらに奥行きと厚みが増すという、なかなか憎い演出です。
「正直なとこ、ききたいのはこっちだよ」 「え?」 「どうしてきみは、いつもそう優しい?どうして俺に何も要求しようとしないんだ?」 美希は、きょとんとなった。何を言っているのかわからない。 「要求って?」 「是までオレは、きみに引けめを感じたことはなかった」と、ひどく低い声で相原は言った。 「お互い承知でこうなったんだし、君が今だに一人でいるのは君自身の選択であって、別に俺が申し訳なく思うことじゃないはずだってね」 美希は、肩をすくめた。「そのとおりじゃない?」 「でも、今・・・・・・どうして優しくするのかって訊かれて、初めて気がついた。俺はたぶん、きみが何ひとつ要求しようとしないのが怖いんだ」 「怖い?」 思わず訊き返すと、相原の目の中をわずかに狼狽のようなものがよぎった。 「というか、落ち着かないんだ」 と言い直す。 <怖い>と<落ち着かない>はずいぶんちがうじゃないかと思ったが、美希は気づかないふりをした。男の言葉尻をつかまえて追いつめるとろくなことにならない。 「そりゃ、俺のほうはいいとこどりだからさ」と、相原は苦笑混じりに言った。「きみと会った日は、元気が出る。女房にも子どもにも、いつもより優しくなれる。けど、その間きみは一人きりだ。なのに恨みごとひとつ言うでもなけりゃわがまま言うでもない。それで時々、その、不安になる」 店員が水を注ぎにきた。 美希は、冷めかけたコーヒーをゆっくりと飲んだ。 恨みごとを、言ってもいいとは知らなかった。優しい声で残酷なことを言う男だ。
まあ、私はこういう恋愛描写にうんうんとうなったわけですが、この本を貸してくれた先生が私に読ませたかったのは、最後に納められた「名の木散る」なんだろうなあ。
その先生は私があまりにも平和教育についてのんきな考えをしているのを遺憾に思っておられて、常々新聞記事を切り取って回してくれたり、私に啓蒙教育を試みておられるのです。 私としては、そういうのってありがたいとは思いながらも、身に迫るものがないためちょっとうるさく思っていました。
でも、選書眼は確かでした。 「名の木散る」は、なぜ戦争を伝えなきゃいけないか、なぜ戦争は起こされるのかについてしっかりと伝え、考えさせてくれました。 今、日本が戦争ができる国になりつつあるという事実も、私にはだんだん理解できるようになってきました。 くやしいけれど、私があまりにも浅はかで、無知だったということです。
さて、戦争を憎む心を子供たちにどうやって伝えればいいんだろう? 不十分な平和教育が私の浅はかさを生み出したのだとしたら、私が受けた教育を繰り返すだけではだめでしょう。 どうすればいいんだろう?
|