星降る鍵を探して
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2003年09月13日(土) 星降る鍵を探して4-3-5

 玉乃は真ん中の椅子に座ると、こちらを見上げてにっこり、とした。
「地球儀の方を見ていて。今から動かしてみせるから」
 そしてその白い手が、ずらりと並んだスイッチの上を鮮やかに踊った。克は地球儀の方を見るべきか、それとも彼女の手の動きの方を見るべきかで少し悩んだ。ヴ……ン、という音がわずかに強くなったのに気づいて地球儀の方に視線を移すと、先ほどまでゆっくりと動いていたあの巨大な地球儀が、見てわかるほどに速さを増していた。
「標的はどこがいい?」
 楽しそうな玉乃の声が聞こえる。
「……標的?」
「そう。ここには優秀な研究者が大勢いてね。ちょっと前までは精度がまだまだ大ざっぱで、日本で言えば、そうね、藩規模でしか照準を定めることが出来なかったの。でも今じゃ建物単位で落とせるようになってるのよ。すごいでしょう?」
 ――落とせる……?
 何を?
 克は地球儀の方に視線を向けながら、玉乃の言葉を聞いていた。視界にはあの馬鹿でかい地球儀がぐるぐる回っている様が映ってはいたが、玉乃の言葉から何とかヒントを得ようと注意を傾けるのが精一杯で、ほとんど何も見てはいなかった。
「さ、どこに落とす? 結構気持ちがいいわよ。どこにでも落とせる。あなたの好きなところに」
 鍵が戻ってくれば、だけどね。
 そう言う声はひどく甘く、誘うような響きを持っていた。
 思わず玉乃の方を振り返ると、彼女は過たず克の目を捉えてあでやかに笑った。その笑顔が余りにも『完璧』で、克は少し背筋が寒くなるのを感じた。そして驚いた。人をこんな風に怖いと思うなんて、最近一度もなかった。
「嫌いな人はいる?」
 赤い口紅を塗ったふっくらとした唇が、まるで独立した生き物みたいに、ゆっくりと動いた。
「嫌いな人が今どこにいるかわかれば、そこに落とせる。あなたがやったなんて、誰にもわからない。それどころか『不運な事故』で片づけられる。だって、そんなことが出来るなんて――自在に操ることが出来るなんて、誰も夢にも思わないんだから」
 すごいでしょう――?
 くすくす、と笑う声が聞こえた気がした。玉乃はただあでやかに、微笑んでいるだけなのに。
「さ、決めて。大丈夫よ、まだ鍵は戻ってきてない。セットしない限り、本当には落ちてこない」
 その時だった。
 ルルルルル、と壁に掛けられた電話が鳴って、克はギョッとして振り返った。ああもう、と玉乃が毒づくのが聞こえる。
「せっかくここから面白いところだったのに」
 ぶつぶつ言いながら立ち上がって克のそばをすり抜けて電話に手をのばす、その彼女から、思わず身を引きそうになるのを辛うじて堪える。自分が汗をかいているのにも同時に気づいて、舌打ちしたくなった。
 克の目の前で、玉乃が受話器を取った。
「は――」
『何やってる、馬鹿者!』
 受話器から聞こえてきたのは、やはりというか何というか、梶ヶ谷先生の盛大な怒鳴り声だった。
『わたしの許可なく動かすな! おいお前! 聞いてるのか!』
 梶ヶ谷は、電話に出たのが克だと思ったようだ。
「聞いてます、先生」
 玉乃が返事をすると、梶ヶ谷は一瞬絶句した。
 そして怒鳴った。
『た、玉乃――! な、何やってた! どこにいたんだ今まで!』
「ちょっと食事を」
『食事!?』
「あたしだって人間です。食事くらいしたっていいでしょ?」
 平然と答える玉乃の態度はふてぶてしいと言っても良いほどで、彼女は克を見上げて目で笑うことまでしてみせた。
「そして今はデート中なの。邪魔しないでいただけます?」
『で!?』
「デート。いいでしょう」
『何言ってるんだ、ふざけるな!』
「あらやだ、ふざけてなんか」
『うるさい!』
 完全に手玉に取られた形の梶ヶ谷は、とにかく怒鳴って押し切ることにしたようだ。今までよりも一際高い怒声が聞こえて玉乃が受話器を耳から遠ざけ、梶ヶ谷の声が更によく聞こえるようになった。
『お前と話していても埒があかん、とにかくそこはひとりでいい! さっきの奴をこちらに戻せ! いいな!』
「ダメです」
 と玉乃が答えたときには、電話は既に切れていた。玉乃は呆れたように受話器を見つめ、ため息をついてフックに戻した。克は少なからずホッとしていた。先ほどの梶ヶ谷の言葉が克にも聞こえたということはわかっているだろう。これでこの得体の知れない女から、遠ざかる口実が出来たわけだ。
「じゃ、俺、これで」
「だめー」
 きびすを返しかけた克の右手を玉乃の左手がぐっと掴んだ。有無を言わせぬきっぱりとした動きに思わず足を止めかけたが、立ち止まってはいけないと思い返した。構わず足を踏み出そうとすると、玉乃は逆らわずについてきた。
 前に進みながら、腕を振りほどくことも出来ず、仕方なく言葉だけで抵抗してみる。
「ここにひとり残れ、と言ったように聞こえましたが?」
「そうね、そう言っていたわね」
 玉乃は平然と答えて、でも留まるそぶりは見せずについてくる。克はため息をついて見せた。
「梶ヶ谷先生を怒らせると怖いと言ったのはあなたでしょう」
「ええ、言ったわ。でも今はどうしても、あたしと一緒にいてもらわなきゃ」
 ――え、
「……なぜです?」
 思わず足を止めて、振り返ってしまう。
 と、振り返った克の胸の中心のあたりに、何か硬いものが押し当てられた。
 息を飲む。
 玉乃が笑う。
 彼女の右手には、いつの間にか黒い小振りの拳銃が握られていて、それが、克の心臓のある場所にピタリと当てられていたのだった。


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兄ィ受難。
……書きやすい……!(なぜだ)
兄ィが人を怖いと思うというのは珍しいことなのじゃないか、と、思った直後に「両親がいるじゃん……」ってことに気づきました。しかし両親の説明をを今更書くわけにも行かず。兄ィって結構怖がりネ!(結論)


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