星降る鍵を探して
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2003年09月19日(金) |
星降る鍵を探して4-3-11 |
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男がゆっくりと、近づいてくる。 卓はタイミングを計っていた。何としても、もう一度だけ、この痛む体を酷使しなければならない。男はゆっくりと近づいてきている。マイキはその男から卓を庇うように立ちはだかっている。その小さな背中越しに、卓は男の足音を聞いていた。一発勝負だ。後ろの男が近づいてくる前に。発砲されないように。ここが薄暗くて本当に良かった。 こつ、こつ。 男が階段を下りきった。男の腕がマイキに届くまで、あと、ほんの数歩。 ――できるかな。 今から自分がしようとすることを、本当に自分に出来るのか、ひどく不安だ。けれど、と卓は全身から力を抜きながら、心に決めた。できるかな、ではない。やるのだ。 それで、マイキから嫌われたり、怖がられたり、してもだ。 「お嬢ちゃん――」 男がゆっくりと、マイキに手をのばす。びくり、とマイキの小さな背中が震える。卓は大きく息を吸った。 ――ごめん、マイキ。 そして卓は、マイキを突き飛ばした。 「!」 マイキの小さな体が横に飛んだ。長い髪が舞い上がって、細い体が倒れ込む。ああ、と、卓は、目の前にいた男に飛びかかって押さえつけながら考えた。マイキにこんなことをする日が来るなんて。倒れ込んだマイキの体の立てた音は、地面に倒れた勢いにも関わらずひどく軽く聞こえる。大丈夫だろうか。骨が、折れたりしてないだろうか。 「こ、この……っ」 「走れ、マイキ!」 うなり声を上げる男を全身の力を込めて押さえつける。体が痛かった。力を込めるだけで全身がバラバラになりそうだ。でも卓は構わなかった。今だけ動ければ、それでいいのだ。 マイキが起きあがった。その顔が、この薄暗さにも関わらず、驚愕に見開かれているのがよく見えた。見えてしまった。卓は声を励ました。言いたくはない。でも、言わなければならない。 「走れってば、聞こえないのか、この馬鹿!」 その声は、ありがたいことに、ひどく苛立って、怒っているように響いた。こちらに戻って来ようとしていたマイキが、棒立ちになる。 「行け! 行かないと、」 「このくそ餓鬼!」 後ろから来ていたもうひとりが駆け寄ってくる。勢いの乗った拳が飛んできた。顎のあたりに衝撃が走って、目の前に火花が散った、気がした。抑えていた卓の手が緩んで、押さえつけられていた男が起きあがろうと、する。それを必死で押さえつけながら、卓は叫んだ。 「逃げろったら! 行かないと嫌いになるぞ!」 我ながら、何を言ってるんだろう、と思う。 でもマイキには効いた。卓は一瞬狼狽えた。マイキが蒼白になったのが、本当に目に見えたのだ。マイキは顔をくしゃくしゃにして、卓の言葉に押されるように、一歩、足を踏み出した。その時卓の下にいた男が卓の胸に蹴りを入れた。一瞬せき込むほどの衝撃。肋がみしり、と音を立てた。 「……!」 「おい! その子を捕まえろ!」 下にいた男がもうひとりに叫ぶ。その男が卓の後ろを通って、マイキの方に足を踏み出す。その足に卓はしがみついた。どう、と男もろとも倒れる。マイキはまだ走らない。 「行けってば!」 「こんの……っ」 起きあがった男が卓の鳩尾を蹴り上げた。目が回る。口の中に血の味がにじむ。でも卓はマイキから目を逸らさず、睨み続けていた。卓は今までこんな視線をマイキに向けたことはなかった。向けたくなんてなかった。咎めるような、なじるような、視線だ。 マイキがまだまだ、自分の能力のせいで、自分の存在に自信を持てないでいることを、卓は良く知っている。 マイキにこんな視線を向けることが、マイキにとってどんなに辛いことかって、言うこともわかっている。 でも。 「行け! 逃げないと、二度とマイキとなんか口聞かないからな!」 声を励まして、叫ぶ。すると、ようやく、マイキが動いた。彼女は顔をくしゃくしゃにして、そして、きびすを返した。たたた、と足音が響く。 再び鳩尾に衝撃が来た。でも卓は自分の体を庇おうとはせず、ただ、先ほどマイキを捕まえようとした男にしがみついていた。死んでも放さないつもりだった。マイキがちゃんと逃げるまで。 でも、大丈夫。マイキはちゃんと逃げた。軽い足音が階段の下にたどり着いて、走り去る音がちゃんと聞こえる。 と、その足音が、止まった。 「すぐる……っ」 マイキが叫んだ。それが、卓が意識を手放す寸前に、聞いた最後の音だった。
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3節終了。 初めて「 」つきでちゃんとした言葉を喋りました!(ぱんぱかぱーん!) 明日のこと。明日は理事会なので、一日仕事に行ってまして、夜にちょっと用事が入ったので、更新できるかどうか分かりません。できなかったらごめんなさい。
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