星降る鍵を探して
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2003年10月02日(木) |
星降る鍵を探して4-4-10 |
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目は覚めたものの、体の自由が利かなかった。 卓は目を閉じたままで、自分の今の状態を探った。殺されてはいなかった、ありがたいことに。瞼を閉じたままだが、辺りが明るいと言うことはわかる。そして自分は今硬い椅子に座らされていて、そして、手を後ろにして縛られているのだった。何てことだ。拘束されるなんて、生まれて初めてだ。 ひと月前のあのひどい事件の時にも、体の自由を奪われたことはなかった。映画や小説ではよく見かけるが、実際に自分で経験してみると、一番はじめに思うのは――ひどく理不尽だ、ということだった。非常に理不尽だ。そして屈辱的だった。何をされるかわからない、殺されるかも知れない、と頭では思うものの、あまり恐怖は湧いてこない。代わりにふつふつと湧いてくるのは怒りだ。 体の自由が利かないことが、こんなにも人の神経を逆撫ですることだなんて、卓は今まで知らなかった。 「まだガキみてえだけどなあ」 誰か男が、ぽつりとそう呟くのが聞こえてきた。卓は耳を澄ませた。今のところ聞こえたのはこの男の声だけ、で、他には誰の気配も感じられない。ひとりかな。まあ、こんなに頑丈に縛られてしまっていては、ひとりだろうと何だろうと身動きがとれないわけだが。いくら自分が怪力を誇っているからと言って、がんじがらめになった状態で縄をぶっちぎれるとは思えないし、今は絶対に無理だ。肋が痛くてそれどころではない。 「怪盗といいこいつといい、昨今の若者はいったいどうなってんのかねえ」 ぶつぶつ男が呟いている。退屈しているらしい。ということは退屈するくらいの間、自分は寝ていたということになる。あああ、ゲームとか漫画とかだと、ちょっと寝たりすれば体力回復するもんなんだけどなあ、と卓は思った。仙豆が欲しい。切実に。 その時、ルルルルッ、と音がした。電話だ。出し抜けだったので思わずびくっとしてしまったのだが、男は立ち上がろうとしていたところだったからか、ちょうど見ていなかったらしい。運が良かった。目が覚めてるとばれたら何をされるかわからない。男は、 「はいはいはいっと〜」 と着信音に返事をしながら部屋を横切って、壁に掛かった電話を取った。 「はい、もしもし」 何とか向こうの声が聞き取れないだろうか。そうは思ったが、どんなに耳を澄ませても、内容までは聞き取れなかった。しかし男はふんふんと返事をして、最終的に「わかりました」と言った。 「すぐ行きます。……え? なぁに大丈夫、まだ寝てますしね、がんじがらめにしてありますから」 そして男は電話を切った。卓は快哉を叫びたいのをこらえた。電話は呼び出しだったらしい。何か不慮の出来事でも起こったのだろうか。男は独り言の多い質らしく、「人使いが荒いやねえ」などと呟きながら足早に出ていった。バタン、と扉が閉まる音を聞いてから、卓は三秒数えて目を開けた。ぱっと明るい光が飛び込んできて眼球が痛んだが、すぐに辺りが見えるようになってくる。 そこはがらんとした六畳くらいの部屋だった。卓は部屋の真ん中に座っていた。他には何もなかった……壁に掛けられた電話がひとつあるきりで、真っ白な殺風景な部屋だ。続けて卓は自分の体を見下ろした。椅子に座っている。その上から、ロープでぐるぐる巻きにしてあった。卓はため息をついた。これが因果応報というものだろうか。今日芸術館のタワーの中で、出会う人みんなを気絶させて縛り上げた、これが報復なのだろうか。 「神さま仏さま閻魔さま大仏さま」 卓はぶつぶつと呟いた。新名家は無宗教である。だからこの際誰でもいい。 「いい子になりますから。もう人を縛ったりしませんから。だから――」 その時、出し抜けに扉が開いた。 卓は慌てて口を閉じた。が、寝たふりまでする暇はなかった。あんまりビックリしたので縛られていることを忘れて立ち上がりかけてしまい、当然のことながら果たせずに体が痛んだだけだった。思わず顔をしかめたとき、扉の向こうから、綺麗な女の人がひょい、と顔を覗かせた。 彼女と卓の目があった。 綺麗な人だ、と卓は思った。彼女は目を丸くした。まじまじと卓を見て、そして、呟く。 「何、してるの……?」 訊ねられても。 「いや……え、と」 「窮屈じゃない?」 当たり前のことを聞かないで欲しい。 と思う内に彼女はするりと扉の中に滑り込んできた。彼女は白衣を着ていた。白衣の上に、さら、と長く艶やかな髪が滑り落ちている。眼鏡をかけており、ヒールを履いている。一体誰だろう、と卓は思う。 「あのね、人を捜してるの」 と彼女は言った。 「背の高い男の人なんだけど。見なかった?」 「さ……さあ……」 「あなた、大学生?」 と急に彼女が話を変えた。なんだか変わった人だな、と卓は思った。こつこつとヒールの音を響かせて、彼女が歩み寄ってくる。何か香水のいい匂いがふわりと香った。
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