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瞳の色。 | 2006年07月29日(土) |
嵐が過ぎ去った直後の水溜りに映るような青空。 底もなく、何処までも突き抜けていく色。 ひとの瞳に初めて見るそれを間近に覗き込み、彼女は息を呑んだ。 * 「私が望むものと、君が望むものは、おんなじだよ」 星の散る群青の瞳をした佳人は穏やかに微笑む。 あまりに凪いだその表情に、彼女は怯えたように頬を強張らせたが、それでもそこから動けない。 あと少しできっと、このひとは誰にも手の届かない果てに辿り着いてしまう。 たとえ引き戻すことができなくても、最後には逆らえずに共にそこに足を踏み入れてしまうと分かっていても、彼女は差し出された手を振り払えない。 だって、手を繋いでうずくまっていれば、相手は先には進めない。 「ねえ、私の手なんか離していいんだよ。君が望むものは、片手でなんか引き寄せられない」 どちらかを選びなさい、とその声は暗に言っていた。 「知ってる。分かってる。でも、無理なの。あなたなら分かるでしょう?」 答える声はない。真実と分かっているから互いに目を合わせられない。 どちらも選べない。選んではいけない。 選んだ瞬間に拮抗は崩れ落ちて、結局は破滅の道しか残らない。 たすけて、と彼女は声なく呟いた。 * 突き付けられた刃の輝きは、見慣れた鈍い銀色だった。 「どちらかを選べ」 手にした剣よりも鋭く光る淡い紫の瞳に、彼は目を瞬かせる。 「どちら、と言うと?」 「ここで殺されるか、俺に協力するか」 「相手が何者かも、目的も分からないのに協力しろと?」 日ごとに焦燥は募る。 こんなところで、こんな下らない応酬をしている時間はないのにと、苛立ちすら沸き上がる。以前の自分ならばもっと余裕をもっていただろう。 良くも悪くも変わったものだと彼はこっそり息をつく。 その首筋に切っ先を突き付けた男は、何も言わない。何も言わずにただ険しく目を細めている。 深窓のたおやかな姫君にならこれ以上ないほど似合っただろう、優しげな紫色の双眸が、色から連想するような儚さなど微塵も備えていないことは眼差しの無神経なまでの強靭さからよく分かる。 彼は舌打ちしたくなるのを堪えながら薄く微笑った。 「答えないと何も教えない、というわけですか」 「聞きたければ話してやるが、その時点でお前の立場は決まるぞ」 「良いだろう、聞いてやる」 どうせこの都には用はない。親しく懐かしく大切なひとびとはいるけれど、今の彼はそれ以上にただひとりを欲していた。 * 芽吹いたばかりの若木に降り注いだ夕暮れのような、黄金の艶を帯びて輝く翠色。 終わりと始まりのないまぜになった揺れるその瞳を前にして、彼は微笑んだ。 ****** 色々と意味深に見えるように並べてみました(……)。 |