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No-Mark Stall *




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フェリシアの憂鬱な縁談。 | 2008年04月07日(月)
「……いい加減にしてほしいものだわ」
陽光そのもののように輝く豊かな黄金の巻き毛を背に払いながら、彼女は不満げに呟いた。
「何が?」
それを聞きとがめ、彼女の正面に陣取ってお茶を啜っていた青年がおっとりと首を傾げる。その拍子に地味な茶色の頭に載っていた冠がずり落ち、彼は「わお」とやはりのんびり驚いてそれを直した。
その一連の動作を舌打ちせんばかりの表情で睨みつけ、フェリシアは溜息を吐いた。
「何が、じゃないわよこの元凶。あー、あんた実は私の幸運の青い鳥だった気がしてきたわ。キャロルはあんたなんかには勿体ないしさっさと別れて私と再婚しなさい、フェリックス」
「それはキャロルが悲しむからいやだなぁ」
大体僕たちの結婚お膳立てしてくれたのは君じゃないかと笑いながら、彼は上げても上げても落ちてくる王冠をついに諦め頭から下ろした。
「まぁ私としてもキャロルが泣くのはいやね、それもあんたが原因とか冗談じゃないわ。でも思わない? せっかくこの私が手ずからみっちり教育して育て上げた凄く素敵な子なのに、嫁ぎ先があんたよあんた。かわいそうだわ」
「その僕のとこに嫁ぎたいとか君はさっきから言ってるわけだけど」
「あら、私はいいのよ。どうせ生まれたときからあんたのところに嫁に行くために育てられたんだもの」
フェリックスとフェリシア。彼に遅れること数ヶ月で国有数の大貴族の家に生まれたフェリシアは、つけられた名前からして彼とつがいになるべき運命を背負わされていた。
それが狂わされたのは今から丁度二年ほど前、式の日取りも決まり招待客や式に伴う祭典の内容を本格的に詰め始めた時分のことだった。
「それに関しては僕としては君が許してくれるまでごめんなさいを言い続けるしかないなあ。ごめんね?」
フェリックスは媚びるように愛らしく小首を傾げたが、彼のそのような仕草を見慣れているフェリシアに対しては懐柔するどころか火に油を注ぐようなものだった。
「そんな軽い謝罪は要らないわ。あんたはどうせキャロルの魅力に目が眩んで周り見えてなかったでしょうけどね、本ッ当に大変だったんだから」
万事おっとりのんびりと構えている、器が大きいのか阿呆なのかよく分からないフェリックスと、短気ながらもよく気のつく娘であったフェリシアの、一見似合いと思われた結婚は順調に進み始めたところで大きな障害にぶち当たった。
友人にそそのかされて独身時代最後のときを遊んで過ごすべく、忍んで城下に降り立ったフェリックスが、こともあろうに孤児の町娘と熱烈な恋に陥ったのである。
もちろん、一国の王太子が身分も教養もない娘と結婚するなどそうそう許されるものではなかった。王太子には既に婚約者がいたのであるから尚更だ。困り果てた王太子は、昔から彼が一番頼りになると思っていた人物に相談した。
つまり、婚約者であるフェリシアに。
「もう本当、あんたから好きな子ができた、彼女と結婚したいけどどうすればいいと思う? とか聞かされた日には空から太陽でも落ちてくるかと思ったわ」
「太陽は落ちてこなかったし、君は凄く親身になってくれたけどね」
「恋愛とは縁のないまま結婚迎えようとしてた幼馴染の初恋でしょう、応援しなくてどうするの。まぁ婚約者は私だったのだけど」
「フェリシアは悪戯企むの得意だったし、僕は今でも君に一番に相談したのは最善だったと思ってるよ」
のほほんとした彼の笑顔には嘘も他意もなく彼の本音そのもので、だからこそフェリシアは、王妃になるという長年の夢を犠牲にしてでも可愛い弟分の彼の期待と願いを叶えてやりたいと思ったのだ。
「まぁ私もあんたもお互いを幼馴染にしか思えなかったのだからしょうがないわよね。キャロルもなんであんたに惚れたんだろうと思うくらい気立ての良い子だったし」
「ねえ。僕の一番の幸いはキャロルとフェリシアに出会えたことだと思うよ」
「それ私以外に言ったら二股と勘違いされるわよ、気をつけなさいな」
苦笑しつつ、彼女は手元の紅茶を飲み干した。影に徹する侍女が無言でカップを受け取り次の茶を注ぐ。

「それで、僕の素敵な幼馴染は何に悩んでるの?」
「さっきからずっと本題じゃない。私の結婚についてよ」
柔らかな笑顔が微妙に引きつる。無理して笑ってなくていいわよ、と彼女が告げると彼は眉を下げて彼女以上に深刻な顔をした。
「……フェリシアには僕ら以上に幸せになってもらわないといけないのにね、何が悪いんだろう……」
「だから、あんたとの婚約が破談になってケチがついたからかしら、という話をしてたのよ」
フェリシアに多大な犠牲を強いた王家は自らの威信をかけ、また幼い頃から可愛がってきた娘に最上の幸福を与えるべく、代わりの縁談を調えた。
今度の相手は隣国の王子――王位を継ぐ者ではなかったが、剣の腕の立つ堅物と有名な美男子だった。
それもご破算になったのは今から十ヶ月ほど前の話だ。
王子が旅芸人の一座にいた踊り子と出奔したのである。
真相は彼らと、ふたりの逃亡の手引きをしたフェリシア、そしてその話を聞いたフェリックスの四人しか知らない。
「僕のときと似たような話だったよねえ、ルーファスくんも」
「そうねぇ……都の警備に出た王子様が暴漢に襲われかけた踊り子を助けて惚れて惚れられて、どこかの恋愛小説のような話だったわ」
これは目の前の王子にも話していないことだが、彼らがフェリックスのように家に留まって結婚せず出奔したのには踊り子の娘の出生が関与している。
遠く離れた南国で生まれたという踊り子は、実はその国の王女であった。王を憎む臣下によって都を追われた貴なる娘は、自らを証立てる指輪を大切に抱えて諸国をさすらっていた。
高潔なる騎士は彼女を無事に故郷に届けるために、自らの全てを捨てる覚悟を持っていた。
最近届いた手紙には、王家の紋章入りでふたりが無事であること、困難はあったが元の身分を取り戻したこと、そして彼女への感謝と謝罪の言葉が綴られ、来年行われる式への招待状まで同封されていた。同様のものが恐らくは婿の生家にも送られていることだろう。寝耳に水で慌てふためいた隣国から使者がやってくるのが目に見えるようだ。
「本当、何のお伽話かしらといった感じよね……」
「僕はひとのことは言えないしねぇ……」
あんたのところよりも凄まじいロマンスよ、とはさすがに言えず、彼女は行儀が悪いことを知りつつも組んだ手に顎を載せた。

またしても――彼女本人がそれに影ながら手を貸したのだが――面目を潰されたフェリシアに、隣国の王家も誠心誠意をこめて彼女の嫁ぎ先を探そうとした。しかし二度も、それもかなり派手なかたちで婚約が破談になった娘を貰い受けようとする家は中々現れなかった。
「三番目はまた凄かったよね……」
「ひとの傷抉るんじゃないわよ」
そう、つい先週、三番目の縁談が流れたところだった。
中々に重い経歴と後見を背負う彼女にどの家も怖じ気付き逃げ惑っていた中、とある名家が勇敢にも名乗りを上げた。国内の有力な貴族であったその家の次男坊との話であり、家柄も彼女の家と釣り合う程度、彼本人もかなり優秀な人物ということでこれならまあ認められるかと二つの王家も納得しかけたそのとき。
かの家の長年の政敵であったとある家の長女と彼の恋愛沙汰が明るみに出たのであった。
「ルクレツィアとカーティスもまぁよくあのときまで隠せてたよねえ」
「あのふたりは頭良いもの、いがみ合うことに命をかけてた父親たちの目をかいくぐるのは難しくないわ」
敵対しあう二つの家の子供たちがどのようにお互いに惹かれ合い思いを育てていったのか、ふたりから嫌になるほど聞かされたフェリシアは疲れたように視線を遠くへ投げた。
ふたりの恋が周囲に知らされた切欠は、色々な重圧に耐え切れなくなりかけていたルクレツィアの元に届いたカーティスの婚約の報だった。
自暴自棄になった彼女は屋敷に油を撒いて篭城、ランプを片手に二階の窓から彼への愛を叫び、叶わないのならこのまま死んでやると騒いだ。
妙に目の据わった娘を前に父親は茫然自失、家族の説得の言葉も失恋という最大最強の盾に阻まれ届かずじまい。
この騒ぎの中、逢瀬に使われていた秘密の道を通って屋敷に侵入したカーティスがルクレツィアの元に辿り着き、ふたりの熱いやりとりがついに衆目にさらされた。勿論フェリシアもその場にいた――というか、軟禁されていた彼を逃がし、ルクレツィアの元に向かうように説得したのは彼女なのである。ついでに感情が昂ぶりすぎていっそふたりでこのまま心中を、とまで思いつめたふたりを野次馬の中から説得し、混乱の極致にある両家の当主たちから彼らの結婚の承諾を取り付けて恋人たちをなんとか無事に屋敷から出てこさせたという最大の功労賞も獲得していた。
「さすがに三度目ともなるとね、なんだかどうでもよくなって……ルクレツィアが可哀想だったし、私も他の女を愛してる夫なんか要らなかったし」
「つ、次はきっと良い縁があるよ……!」
「うるっさいわね、この三度目の話が広まっちゃったおかげで私のところには女の子からの恋愛相談が殺到するし、私を利用しようと障害のある恋愛をしてる阿呆どもからの申し込みがちらほらあるし、もういい加減にしてほしいわ! 私は自分がお嫁さんになりたいの、結婚を守護する女神になんかなりたいわけじゃないわ!」
彼女の切実な叫びに、その最初の事件の当事者であるフェリックスは何も言えずに黙り込んだ。

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ロマンス小説におけるライバル役の女の子の話。
相手役が決まらなくて終わりに出来ない。どうしよう。ごめんフェリシア。
written by MitukiHome
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