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No-Mark Stall *




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R.S.V.P. | 2008年05月27日(火)
さあさあと雨が降る。
赤い絨毯が目を惹く広い書室の数少ない窓には分厚い緞帳が下がっている。どうせ曇っているし本への影響は少ないだろうと今はそれもすべて開けられて室内はうす暗い。
書室の隅には何故か寝台が備え付けられており、だらしなく寝転がった彼女は一冊の本を紐解いていた。数十年前に整備し直された文法で読み書きを習った彼女にとって、百年以上も前に書かれた本のその古めかしい文章はすらすらと読み下すことが出来ない苛立ちを覚えるものであったが、それと同時にその格調高さに敬服し、愛おしさにも似た感情を呼び起こすものでもある。彼女に与えられたこの書室に並ぶ本は、新たに持ち込んだもの以外すべてがそういった古書であった。

「シア」
天蓋から下りる薄い帳をめくり、黒づくめの青年が無表情に呼びかける。
本から視線を外すこともなく彼女は片手をひらひらと振った。
寝間着と見紛う白い紗の着物に裸足という無防備な姿の娘に彼は僅かに眉をひそめ、しかし何も言わずに寝台に上がった。
「薄着では風邪をひく」
「掛けるものはあるから平気」
寝台の隅に蹴飛ばされた夏掛けを指し示した彼女に、彼は呆れ半分の溜息を付く。
気の抜けたように彼はシーツの上に倒れこみ、寝台が大きく揺れる。
その反動で彼女が読んでいた本が大きな弧を描くように跳ね上がる。それを受け止めようと無理な姿勢で腕を伸ばした彼女が寝台から落ちかけた。
それを咄嗟に引き止めた彼が大きく安堵の溜息をつき、床に落ちる前になんとか本を捕まえていた彼女を腕の中に抱え直す。
「……アス」
「……すまなかった」
謝罪の言葉に剣呑な視線はふっと和らぎ、本を閉じた彼女はその肩口に頬を押し付けた。珍しく素直に懐いてくる彼女の背を撫で髪を優しく梳きながら、彼は本来の目的を思い出してふっとその手を止める。
何かあったかと瞳を覗き込んでくる彼女に、懐から一通の手紙を差し出した。受け取って起き上がると、寝台脇にしつらえてあった棚の引き出しからペーパーナイフを取り出して封を切る。
アスを押し潰すように遠慮なく寄りかかりながら便箋を開き、彼女は首を傾げた。
「招待状?」
流麗で元気の良い筆跡は見慣れた親友のもので、手紙となるとひどく堅苦しい言い回しになることも変わらなかったが、珍しく彼女を外に誘う内容であったことに目を見張る。
内輪の夜会だから心配は要らないと彼女は述べ、たまには顔を見せなさいと不満げな言いたげな言い回しにシアシェはふっと笑みを零した。
彼女の髪を弄ったり頬や首筋に口付けたりとやりたい放題のアスにペンと便箋を取るように頼み、さてどうするかと考える。
机は書室の真ん中にあったが、すぐ傍にある棚を変わりにし、彼女はさらさらと承諾の返事を書いた。

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ちょっといちゃいちゃさせてみるかーと思ったら予想以上にこっ恥ずかしいことになりました。あとシアシェが思ったより元気だ。

R.S.V.P.はパーティなんかの出欠確認にお返事くださいなーという意味の仏語(Répondez s'il vous plaît)らしいです。見かけてへーと思ったのでメモ代わりに無理矢理組み込みました(…)。
written by MitukiHome
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