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鐘の下で。 | 2008年10月07日(火) |
がらんがらんと教会の鐘が響く音を聞いた気がして、重い瞼をこじ開ける。 朝を迎えつつある藍色の闇をぼんやりと見つめる。 藁の上に敷いたシーツからごろりと転がり落ちて、冷たい床の上に寝転がる。 空気はしんと静まり返って、鐘の音の残滓はどこにもうかがえなかった。 やはり夢かとひとり納得して、重い体をなんとか起こした。 教会の鐘がひとりでに鳴るわけも泣く、そして鐘を鳴らすのが私の仕事である以上、私の知らないところで鐘が鳴ることなどありはしないのだ。 そうして朝の鐘を鳴らすべく塔を上ると、鐘の前に誰かがひっそりと佇んでいた。 「……司祭さま」 「おはようございます」 端正な顔立ちに柔和な笑みを浮かべる彼の姿を見て、思わず踵を返しそうになる。ここで逃げたら鐘を鳴らせない。鐘が鳴らなくても町のひとたちは生活を始めるだろうが、鐘を鳴らさなくては私がここにいる意味がなくなってしまう。 「……鐘を、鳴らさないといけないんです」 「どうぞ」 だからそこからどいて、できればここから立ち去って欲しいのだけれど。 溜息をひとつ付いて、私は鐘を鳴らすための紐を握り締めた。 「そこだと、すごくうるさいですよ」 そうですか、と司祭さまは微笑んで、あろうことか私の背後に立った。 「あの」 「いつも思うのですが、あれだけ大きな鐘の音をこんな間近で聞いていて、耳がおかしくはなりませんか?」 「平気です」 私は服のポケットから耳栓を取り出す。栓といっても、ワインのコルクをくすねて丁度いい大きさに削り、ぼろ布で覆っただけの代物だがこれがあるのとないのではだいぶ違う。 「あいにく私の分しかないので、司祭さまは下に」 「平気ですよ」 それなら好きにすればいい、と私は諦めて耳栓をした。 がらんがらんと鐘の音が響く。 かぁぁん、と鐘の音の余韻があたりを振るわせる。 それが十分弱くなったことを確認して、耳栓を外す。 「……司祭さま?」 「ん? うん、聴こえているよ」 場所が狭いせいで吐息が触れそうなほど近くにいる司祭さまが妙な感じに黙り込んでいるので声をかけたが、明晰な彼にしては珍しくぼんやりとした返答だったので私はますます首を捻った。やはりあれだけ大きな音をこんな近くで聞いたので頭がふらふらするのだろうか。 「具合が悪いならひとを呼びますか」 「耳もからだも問題ありませんよ」 ならば留まる用事はない。 下へ降りるべく司祭さまの横をすり抜けようとすると、唐突に腕を掴まれた。 咄嗟のことで上手く受け流せず、少し急いでいたせいで勢いよく体勢を崩すはめになった。 けれど荒い石畳にはぶつからず、少しばかり固いけれども温かな何かが私を受け止めた。 「司祭さま?」 私を受け止めただけでなく何故かそのまま人形のように抱えんだた司祭さまは、唇を小さく歪めて囁いた。 「もう少しここに隠れていましょうよ」 司祭さまはどうやらかくれんぼをしているつもりだったらしい。 「どうしてですか」 「いや、町のひとが困ったら面白いかなあと」 鐘は鳴らしたが教会の入口はまだ閉ざされたままだ。ひとびとが仕事を始める時間までには開かないと、教会を集会所代わりにしている商工会のひとやお祈り好きなお年寄りが入れなくて戸惑うことは目に見えている。 どうやらかなりの悪戯好きだったらしい。真面目で優しそうな雰囲気を撒き散らしているのに罪作りなことだ。 「冗談ですよ」 視線での批難はどうやら通じたらしく、司祭さまはあっさりと私を解放して軽やかに階段をくだっていった。 ****** キャラ掴むためにどうでもいいシーンを転がしています。 女の子の方はともかくこの司祭さまがよく分からないので困りもの。 つーか女の子ここまでボケキャラだったのか。 |