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小松川戦機
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2009年02月16日(月)
第一章 後悔 7

 目の前に広がる光景は、到底受け入れられるものではなかった。
 傍らに立つ男は藤原と名乗り、瞬を映画で見るような潜水艇に似た乗り物に載せてこの建物に連れてきた。
 建物自体は普通のコンクリートで出来ているようで、経年劣化の激しい表層からは水が染み出ている。プラスチックのようなものがその周りを覆っているので、何か補強がされているのだと推測できた。でなければ、水に埋もれたこの建物が、これほどに劣化していながら存在している説明がつかない気がする。
 暗い水底を這うように移動した潜水艇は、柱と奇妙な鉄の塊の間を抜けて、細い通路へと入っていった。暗くてはっきりとは見えないが、それでも誘導灯のようなオレンジの光がところどころに取り付けられているおかげで、おぼろげながらあたりを観察することが出来る。
 右手の壁にはポッカリと黒い四角があいており、そのいくつかには扉の残骸のようなものがついていた。対して左側は低い塀が続いているようで、その向こう側には闇と表現するのが正しい色が存在している。
 潜水艇は細い通路を神業的な操舵で通り抜けた。不意に左右の壁や塀が無くなる。そのまま静かに旋回すると、新に姿を現した黒い四角の中に滑り込んだ。
 音も無く艇内の明かりが消えた。
「まぶしくなるよ」
 藤原はそういうと、くるりと椅子を回して瞬に向き合った。今まで彼の真後ろに座っていた瞬は、その行動に身体を強張らせる。
「……そう、警戒しなくてもいいよ。俺はあんたに危害を加えるつもりは無い」
「そんなの、分からないだろ」
「もし、何かしようとしていたら、全裸で寝こけてたときに出来たんだぜ。何をいまさら」
「抵抗するのを抑えてってことかもしれないじゃんか」
 藤原は一瞬目を見開いた。意外と若いかもしれない。
 四十代だろうという認識を少しだけ下へ修正する。
「なんだよそれ。俺はレイプ犯か。残念ながらケツの穴に突っ込む趣味はねぇよ」
 瞬は口を開きかけたが、次の瞬間息を呑んだ。一面の白。
 眼球を通過して脳に突き刺さるかのようなその色は、無音を伴って瞬を責める。
「いきなりだときついだろうが、バイザーは高価くてやすやすとは手に入らないんだ。根性で慣れてくれ」
「っう。何だ、これ」
「いっただろ。まぶしくなるってさ。正真正銘の太陽光だよ。君の知っているものよりちょっと攻撃性が増しているかもしれないけど。それでも連邦政府から借り受けたシールドが一帯を覆っているから、まぶしい割りに人体影響は少ないんだ」
「太陽、光」
 瞼に力を入れて、ほんの少しだけ持ち上げる。その隙間から差し込む光すら瞬にはまぶしすぎた。
「さっきまで、あんなに薄暗かったのに」
 瞬の呟きに藤原は神妙な面持ちで頷く。
「俺たちには「薄暗い」んだよな。彼らには「闇」だよ。誘導灯がついていたってほんの少し先すら見えないらしい。俺が運転してきた探査船……潜水艇っていったほうが分かりやすいか。あれだって自動運転装置がついていないから格安になっていたんだが、コッチの人たちにとってその装置がついていないってのは、運転できないってのと同じことらしい。最初はガラクタを買わされたのだろうって笑われたさ」