「…今、何と」 「そよを娶って欲しいと、そう申しました」
土方は眼前の高貴な女の、変わらぬ表情を見詰めた。 女の、紅の真っ黒な瞳がまるで槍のように彼の目を、身体を、心を貫く。 それは彼女の内に秘められた芯をそのまま表しているかのようだ、と土方は思った。 将軍家の女でありながら、天人の愛人として城に幽閉されている か弱き姫君と認知されている徳川紅、彼女はこんなに強い瞳をしていたか。 していたのかもしれなかった。 ただ、彼自身がそれを見ぬ振りを続けていたのかもしれない。 それ故に惹かれていたのにも関わらず。
「土方殿、これが私の貴方への唯一の願いです」 「紅様、しかし私は…」 「存じております、沖田殿の姉君のことでしょう」 「!…いえ、それは既に終わったこと… 彼女はもうこの世におりません、後悔はありますが… しかし今、私は、」
クス、と彼女は微笑した。 身体を硬くして、言葉を詰まらせる土方を見て、わらったのだった。 もっと詳しく言えば、それはきっと自嘲に近かっただろう。 自らがこれからこの男にかけるその言葉を反芻して、 平常を保ちながらそれを吐く、数秒先の自分を卑下し、憐れんだのだ。 きっと土方は傷ついた顔をする。 紅は、それを既に確信していた。
「土方殿、そよはまだ幼い娘ではありますが…」
演技でもない、素でもない。 一体今の自分は何だというのか。 彼女は息をすっと吸い込み、考えることを止めた。
「きっと、私に似た美しい女性になりましょう」
見開かれた彼の瞳を逸らさず捕えながら、 彼女はそう、言い放った。 そして、その姿を彼は絶望の淵で誰よりも美しいと思った。
|