HIS AND HER LOG

2007年11月10日(土) 共犯


「顔を合わせるのは初めてね」
「…初めてじゃないよ」
「え?」
「君は覚えていなくても無理はないけどね…」

昔一度記憶隠蔽されてるでしょ?
そう白蘭は言ってわらった。
カラカラと静寂に響くその声は、つぐみを少し不安にさせた。
何故この男はこんなにも落ち着きすましているのか。
自陣だから?
ここで戦闘が行われても必ず勝てると信じているから?
それとも、他に何かあるのか?
彼女の頭にインプットされていない情報が彼の口から漏れたことは
つぐみにそうした疑惑を持たせるに充分だった。
何故なら、上手く行き過ぎていた。
グロ・キシニアを誘導させたことも、骸を忍ばせたことも、
入江正一を奪還したことも。
何もかもが彼女とその部下の予定通りに進行していた。
秘密は守られている。
10年後から来た彼らの安否も確認済みであった。
それがかえって、彼女を迷わせた。
そして、白蘭はそういった、人の心を操る術に非常に長けた男であった。

「昔、一度逢ってるんだよ、僕達。それでその時、これを君にもらった。」

白蘭の示す右手の薬指には、青い石が光っていた。
海の底のような深い青。
つるりとした楕円球状のフォルムは、
彼女が今ロザリオと共に首にかけている指輪のそれと酷似していた。
ただ違っているのは、照明に反射するその色が、青でなく赤であるということだった。

瞬間、記憶が奔流する。
随分昔に今は部下となった男の手でかき混ぜられたその中は、
その経験を持たない他の人間たちのそれと比べて、非常に柔軟であった。
だから、彼女はすぐにその記憶にたどり着く。
彼女がまだ幼い少女であり、姫と呼ばれて育った時のことだった。
今は亡き九代目に手渡された2つの指輪。

「つぐみは、どっちの色が好きかな」
「あか、赤がいい」
「そうか、じゃあこれはつぐみが持ちなさい、まだお前には大きいから、こうやって」
「ネックレスみたいね、おじさま」
「そう、よく似合うよ。それでこっちの青いのはね、つぐみ」
「うん」
「これから先…つぐみが大きくなってから、大事な人が出来たら渡しなさい」
「だいじなひと?」
「そう、出来れば男の人…つぐみが助けてあげたい、力になりたいと思った人」
「たすけてあげたいひと…これが、その人をたすけるの?」
「ああ。この指輪はね、その人に力を与える不思議な指輪だから…」

それで、どうした?
彼女は自らの記憶に語りかける。
その指輪、私、どうしたんだろうか。
だって、私は今、それを持っていない。

「あなた、どうしたの」
「…」
「ひどいけが、ケンカしたの?」
「…ちがう」
「血、出てるよ」
「…弱いから」
「え?」
「ぼくが弱いから、血がでる。みんな、死んじゃう…」
「手当て、してもらおう。わたし、しろの人にたのむから」
「…いい、ここにいなきゃいけない。おとうさんがむかえにくるから」
「そうなんだ…あ、じゃあ、これあげるわ」
「?」
「これね、ふしぎなゆびわなの。もってる人をたすけてくれるのよ」
「…」
「わたしとおそろい、ね?」
「ぴかぴか…」
「あ、おむかえだ…またね。おとうさん、早くくるといいね」

「思い出した?」

ハッとして目の前の男を見る。
少し距離が狭まった気がして、つぐみは右足を一歩下げた。

「すごいね…一度揺すられた分、すごく鮮明に思い出せるんでしょ?」
「あなたが、あの時の…?」
「そう、そうだよ。顔、一緒でしょ。髪の色は…あの後抜けちゃったけど…」
「どうして、知ってるの。あの時、私名乗らなかったわ」
「つぐみ、君は有名人なんだよ、この世界じゃね。栗色のカールヘア、
 あの時迎えの男が呼んだ『姫』という呼称…そしてあの日、あの近くにアジトがあった
 チャイニーズ系中小ファミリーを一人で潰した、ドン・ボンゴレの姪の話…
 君に辿りつくのはそんなに大変なことじゃなかったなあ」
「…復讐なの」
「復讐?ああ、僕が、君が潰したあのファミリーの一人だったから?」
「そうよ…お父さんは、来なかったんでしょう。だって、私が殺したんでしょうから」
「ふふ、そうだね、来なかった。君が殺したからね。でも、僕は救われた。
 君に、君のくれたこの指輪に。つぐみ、君はこれを使ったことがないね?」

白蘭はまた、指に装着されたその青い塊を掲げた。
怪しくきらめく滑らかな曲線が、つぐみの瞳を刺す。
そして彼もまた、同じように彼女の胸元を彩る赤い宝石を眺めた。
それは、死体から流れ落ちた血のような赤をもって、彼の網膜を焼く。

「使うって、どういうこと?」
「聞いてないの?はは、じゃあ教えてあげるよ。これと君のその赤い指輪はね、セットなんだよ」
「セット…」
「そう、2つで1つ。そして片方が強い意志でもって念じれば…」

白蘭の右手に力がこもる。
同じ時、つぐみの意識がわずかに揺らぐ。
内から引っ張られるかのように、吸い込まれていく意識を保とうと、彼女は力んだ。

「分かる、今君の『死ぬ気』を僕がもらってる…君と僕の炎が、僕の中で混ざり合って、1つになる」
「え…?」
「この指輪はね、もう片方の指輪を持つ相手の死ぬ気の炎を吸い取ることが出来るんだよ…こんな風にね」
「…!」
「君が言ったとおり、これは僕を助けてくれたよ…これのおかげで僕は炎を操ることが出来たし…
 あの当時じゃ、まだ指輪は今ほど普及してなかったからね。この世界で力を得るのはそんなに難しくなかったよ…」
「それじゃ、あなた、今まで私の炎を使って…?」
「あ、誤解しないでね。僕が君の炎を使ったのは最初の内…次第に自分の炎を引き出せるようになったから、
 その後はそれを使ったよ。触発されたってことなのかな…。それから…」

白蘭はニッと笑ってつぐみの目を見た。
意識の弱っている彼女には、それだけで既に打撃に等しかったのだろうか。
つぐみはそこはかとない恐怖を感じていたが、
それはもしかしたら予知の一種だったのかもしれなかった。

「君の炎を使ったのはあと2つだけ。バジルって男を殺したときと、君の部下の女を殺したとき。」

その時、白蘭は念を解き、つぐみは彼の引力から解放された。
だがそれと共に彼女を打った白蘭の冷たい声が、彼女の心の蔵を貫き、
つぐみは床にへたりこんだ。

見上げた先の白髪の男は、また一歩彼女との距離を狭めたように見えた。


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ハチス [MAIL]

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